東京という異空間に放り込まれた、ストレンジャーたちのお話です。
ストレンジャーたちはアメリカ人で、当然、日本語は話せませんし分かりません。
つまり、人は言葉では分かり合えないという事実を、さらに際立てて見せてくれるのですね。
というわけで、映画『ロスト・イン・トランスレーション』の感想を語ってみたいと思います。
「懐かしい映画~。ウイスキーのCM撮影シーンに笑ったわ~」という方も、「この映画、なんでか岡崎京子の漫画を思い出すのよね~」という方も、よろしかったらお付き合いください。
ただしネタバレ・あらすじを含みます。
お嫌な方はここまででお願い致しますm(_._)m
『ロスト・イン・トランスレーション』ネタバレ感想
記憶がおぼろになっている方&見ていない方のために簡単なあらすじを。
“話せば分かる”は幻想…と再認識させてくれる映画
「人間、言葉を尽くせば分かり合えるはずだ」なんて、若い頃、例えば教師から言われた経験はありますか?
私は学生時代が記憶のはるか彼方にあるので、もう誰に言われたのかは覚えていません。
でも、うんと若い頃に、そんな建前を何度か言われた記憶があります。
でもそれ、嘘なのですよ。
嘘が言い過ぎなら、「話せば分かる」という現象は、奇跡なみにしか起こらない出来事です。
だから、愛し合って結婚までした相手であっても、言葉が通じず分かり合えない、なんてことがざらに起こるのです。
ボブは結婚して25年ですが、思い切り結婚生活の危機を感じています。シャーロットに言わせれば「中年の危機」ってやつです。
確かにボブは、中年期によくある悩みのドツボにハマっています。それはプライベート面だけでなく仕事面でもです。
ボブは有名な映画俳優なので、宿泊中のホテルのバーで飲んでいても、若いアメリカ人らしき2人組が話しかけてきたりします。
別にね、この2人の男性から悪意は感じられませんでした。デリカシーはなかったですけど、「すげえ、ムービースターだ!」「あなたの映画好きだったんですよ!」って感じで、普通の反応です。
ですが、ボブの“居たたまれない”感はすごかった。
2人組の「なぜ東京に?」という質問に、ボブは、「友人に会いに」と答えます。「仕事で」とは言えなかったのです。
きっと都落ちした気分だったのでしょうね。
東京での仕事は、サントリーのCM撮影のためでした。映画俳優としては、CMの仕事自体に忸怩たる思いがあるのです。
しかも、有名企業のCMならまだしも、アジアのウイスキー会社だなんて、もはや屈辱的でさえあるのかもしれません。
でも、200万ドルの仕事です。
2025年の今では、円にして3億のお値段です。当時でも2億は超えていたと思います。大金です。
大金だからこそ屈辱感も増すのかな~?
日本人としては複雑な気持ちですが、まあ、ボブの悲哀は、中年を通り越して来た者として分かります。つらいですよね。孤独ですよね。
そんな人が不眠症になってしまうのは当然至極です。
片や、大学を卒業したばかりのシャーロットは、若くて綺麗で有能な夫もいて、前途洋々でしかないと感じるのですが、彼女もなぜか不眠症です。
いや、「なぜか」なんて失礼ですけど。
ボブに「仕事は?」と訊かれて、すぐに答えられないシャーロット。ということは、そのへんに彼女の悩みの原因、それか原因の一つがあるのです。
彼女は大学を卒業したばかりだと言い、結婚して2年だと話しました。
その状況ならすんなりと、「無職よ」とか、「主婦なの」とか、答えていいのにな。
大学では哲学を専攻していたそうですから、考えすぎる傾向にあるのかも。もしくは、その専攻と既婚という状況から、就活に難航したのでしょうか?
就活では挫折し、愛する夫とは、どうも会話が噛み合わない。夫に愛されていないわけじゃありません。というか、しっかり愛されています。でもシャーロットは行き詰まっているのです。本人がそう言っています。
シャーロットが夫について来日したのは、どん詰まりだと感じている状況から脱出できる何かがあるかもと思ったからでしょう。
しかし夫は仕事に忙しく、シャーロット1人で出かけてみても言葉は通じないし、理解に苦しむことも多いです。
そんなシャーロットとボブが、東京の同じホテルに居合わせ、バーで会話を交わし、不眠症同士、なんとなく同じ時間を過ごすようになるのです。
もし本国のアメリカで出会っていたら、2人の出会いはただの出会いで終わっていたと思います。
異国の地で、同じ言語を話し、同じ不眠症に悩まされている者同士だからこその急接近ですよね。
特にシャーロットにとっては、すごく救いになったように見えました。
シャーロットが質問してボブが答える。一言で目の前が開けるような答えは返ってこないけれど、自分に寄り添ってくれる気持ちが伝わってくるのです。嬉しいですよね。
そもそも、シャーロットの悩みは、“今後の人生どうするべきか”的な悩みなので、どう答えたところで、すぐに解決するものじゃないです。
シャーロットは「年とともに楽になる?」とボブに尋ねます。
ボブの答えは「「No」と言った後に、「Yes」でした。そりゃそうです。そんなアバウトな質問、そう答える以外にないでしょ。ことによっては「No」、ことによっては「Yes」です。
とはいえ、ボブとしては「Yes」と言い直したつもりでした。つまり「楽になるよ」ってことですね。
で、シャーロットから「あなたは違うみたい」と突っ込まれます。
このやりとりをしている間、2人はベッドに横たわっていました。そして不眠症の2人は、徐々に眠りに落ちていったのです。
不毛な会話だなぁとも感じましたが、睡眠導入剤の役割は果たしたわけです。
この映画の題名『ロスト・イン・トランスレーション』を直訳すると、『翻訳の中で失われるもの』となります。
うん、翻訳したところで、正確に伝わるかなんて分かりませんよね。
ですが、同じ言語で話していても、自分の思いが完全に理解されるとは限りません。
というか、完全に理解されることなんてないと断言します。
でも、いいのです。完全な理解なんて得られなくても、人は愛し合うことができるのですから。
上で、シャーロットのほうがボブに助けられていると書きましたけど、やはり年の功で、ボブにはそのへんのことが分かっているのだと思います。
妻との会話が噛み合っていなくても、最終的にちょっと笑っていたのは、諦めと、それでも愛はあるのだという認識があったからなのだろうと。
言葉を突き詰めていくことで、逆に本来の意味から遠ざかることがあります。
“話せば分かる”って素晴らしい建前ですが、たとえ分からなくても、いや、分かりあえないという現実を前提に、どう生きていくか、どう共存していくかを考えればいいのです。
と、こう書きながら、「あれ? 私は何を言いたかったんだっけ?」となっていくのですよ。これは物忘れの範疇? ただの初老あるある……?
最後のセリフはわからないけどさ
さて、ボブは仕事を終え、アメリカに戻ることとなりました。
1分でも1秒でも早くアメリカへ帰りたがっていた来日当初と違い、帰る前夜にはシャーロットに「帰りたくない」とまで言ってしまったボブ。
それはもちろん東京が気に入ったわけではなく、シャーロットがいるからです。
2人の間に漂う温かい空気は、もし状況が少しでも違えば恋愛に発展していたかもしれません。だがしかし、このあたりは阿吽の呼吸のように、気持ちよく自制心が働く2人。
東京での暮らしが、人生の本来の時間から逸脱したものであることがよく分かっていたのですね。
ボブがホテルを発つ日の夜には、シャーロットの夫が東京へ戻ってくることになっていて、まだ異国の地ではありますが、本来の時間が戻ってきます。
ボブは帰る前にシャーロットに会いたがっていて、でもシャーロットが避けているみたいでした。
一応、ロビーで礼儀正しくお別れの言葉を交わしましたが、空港に向かう途中で、ボブは一人で歩くシャーロットの後ろ姿を見つけ、車を止めて彼女を追いかけます。
ボブはずっと、シャーロットに言いたいことがあったのです。好きになった女性にというより、自分の娘にとか、過去の迷える自分にとか、そんな感じが強い気がします。
そして、道の真ん中でシャーロットを抱きしめて、耳元で何事がささやくのです。
ボブがなんと言ったのかは分かりません。ただ最後に「OK?」とささやき、シャーロットが「OK」と返すのだけが聞き取れます。
この映画の最大の謎である場面です。
ボブがなんと言っているのか、翻訳も出ないし、吹き替えでもはっきりしません。
調べてみても、「解読したぞ!」というコメントはありましたが、製作側から「それが正解!」というお墨付きのあるコメントは見つけられませんでした。
でもですよ、結局のところ、ボブがなんて言ったかなんて、それほど重要なことではないのです。
大切なのは、ボブの思いがシャーロットの心に響いたということです。
たとえボブの言葉が「結婚生活に大切なのは3つの袋だよ」だとしても、シャローットが「OK」と心の底から応えることができたなら、それでいいのです。
もちろんボブが言ったのは「3つの袋」でも「3つの坂」でもありませんけどね。
たぶん、限りなく愛の告白に近い言葉なのだろうなとは思います。
その後キスをした2人ですが、キスをした後の、瞳いっぱいに涙をたたえたシャーロットの可憐だったこと。
それまでのシャーロットは、ボブに対していつも微笑んでいたのですが、あのときの涙を浮かべた表情のほうが、ずっとよかった。ずっとずっとよかった。
そして、さよならを言い合ったあとのボブの表情も、実に自然な笑顔で、あやうく好きになりかけました。
東京で、夕暮れの早い時間で、雑踏の中で、回りは他言語の洪水で、そんな、あの瞬間の記憶があれば、この先また行き詰まることがあっても、2人とも、なんとかやっていけるのではないでしょうか。
たった一言の言葉が人生を変えることもありますが、大切なのは言葉じゃない、という瞬間もあるのです。
私もボブのあの笑顔を思い出すと、しばらくはやっていけそうだな~と思えるのでした。
映画情報
製作国/アメリカ・日本
監 督/ソフィア・コッポラ
出 演/ビル・マーレイ/スカーレット・ヨハンソン
日本での公開年は2004年です。
この映画は何回か見ているのですが、今回初めて、映画に映る街並みに懷かしさを感じてしまいました。
22年前の風景ですから当然ではありますが、4、5年前に見たときは懐かしいとは思わなかったので、“20年過ぎた”というところがポイントかなと思った次第。
20年も経つと色々と変化しますよね。ボブが依頼を受けたのは“響”というウイスキーのCMですが、今は海外でも“響”を知っている人がいるようです。
いや~、映画を見ていると、しょっちゅう「光陰矢の如し」と感じることがあって、切ないやら苦しいやらですわ~。
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