映画『スワンソング』ネタバレ感想 初老諸姉よ!白鳥の歌の衝撃に備えよ!

シャンデリア シネマ手帖・洋画
イメージ画像

老人ホームに住む、身寄りのない老人のお話です。

もし“スワンソング”の意味をご存じなら、「老人なの? だったら、そのご老人は……」とラストが想像できるかもしれません。

そして、「お年寄りのお話なのに衝撃的なの?」と訝しく思われるかもしれません。

この映画には衝撃的なシーンはまったくありません。

どちらかといえば穏やかに、流れるように話は進みます。

では、なぜ「衝撃に備えよ」と書いたのか。

なぜなら、映画を見終わった後に、私は衝撃を受けていたからです。

というわけで、『スワンソング』の感想を語ってみたいと思います。

ただしネタバレ・あらすじを含みます

お嫌な方はここまででお願い致しますm(_._)m

スポンサーリンク

『スワンソング』ネタバレ感想

記憶がおぼろになっている方&見ていない方のために簡単なあらすじを。

身寄りも家もなく老人ホームに暮らすパット。ある日弁護士がやってきて、リタという女性の死化粧をしてほしいと依頼してきた。パットはすでに引退していたが、元々は町一番のヘアメイクドレッサーであり、リタはパットの顧客兼親友であった。パットは最初、この依頼を辛辣な言葉で断った。しかしすぐに気を変え、ほとんど着の身着のままで老人ホームを抜け出したのだった。

初老諸姉よ!白鳥の歌の衝撃に備えよ!

最初にも書きましたが、“スワンソング”の意味をご存じだったら、この映画がどんな映画なのか、ある程度想像がつくと思われます。

スワンソングとは、一言で言うなら「最後で最高の作品」です。

白鳥は死ぬ間際に一際美しく鳴くという、ヨーロッパの伝承からきているようです。

日本で言うなら「めっさ出来のいい辞世の句」ってところでしょうか。

なるほど、今まで何気なく聞いていた「白鳥の歌」という曲名とか、そういう意味だったのね~と、この映画を見た後に調べて、初めて知りました。

で、まさに、この映画は“スワンソング”な映画なわけですが、初老の身としては、やはり(と言っていいのか?)衝撃を受けるわけです。

主人公のパットは腕のいいヘアメイク師で、パットの町の金持ちは、みな彼の顧客でした。

もちろん昔の話です。今のパットは引退して老人ホームにいます。

しかし、町の金持ちが顧客だったというわりに、老人ホームに居るパットは裕福そうに見えません。

ホームは病院のように無機質だし、彼の楽しみは紙ナプキンをたたむことと隠れて煙草を吸うことだけ。

ホームに入所できるくらいにはお金があるようですが、それは生活保護から出ているようです。

うん、パットは幸せそうには見えません。

でも、思ったのですよ。もっとお高い老人ホームで、いい暮らしができていたら、彼は幸せだったのでしょうか。

まあ、お金はないよりあるほうが断然いいに決まっていますし、無機質なホームより、快適な設備やインテリアのホームのほうが住み心地は良さそうです。

でも、それでも、幸せを感じなかったら、人はどうなるのでしょう?

いや、「人は」ではなくて、私はどうなるのだろう、と思ったわけです。

年を取って、仕事も家族もなく、人から忘れられていくだけの存在でいることに、後悔や、どうしようもない虚無を感じることになったとしたら。

どんな人生を歩もうと、どんな老後を迎えようと、結局は虚無感しかないのだとしたら、年を取ることは恐怖でしかないと思ったのです。

もしかしたら、この恐怖を避けて通れる人間はほとんどいないのかもしれない。

この映画で、パットはホームを抜け出し、“スワンソング”と言える最後の仕事をします。

自分を裏切り、ずっと許せずにいた親友のリタに、死化粧を施すのです。それはスワンソングと言うべき、素晴らしいヘアメイクでした。

でも、彼のやったことで一番素晴らしいのは、彼が死ぬ前に、本来の自分の姿を取り戻したことです。

老人ホームを飛び出したときのパットは、ただのおじいさんでした。

でも町に近づくにつれ、町に戻って、ミスター・パットの姿に戻った。最後の最後に素敵な靴も手に入れました。

パットの足元を見て、リタの孫息子であるダスティンが笑ったとき、私も笑ってしまいました。

素晴らしすぎる。

素晴らしすぎて、彼の幕引きにブラボーと言いたくなりました。

そして、映画が終わった後、ふと私自身を振り返ってしまうわけです。

私は何年も前から終活を始めているというのに、本当には死ぬ覚悟も準備も、まったくできていないことに愕然としました。

生き続けることも難しいですが、実は人生の終え方も思った以上に難しい…と思える映画なのでした。

優しさに包まれたロードムービー

追憶の旅

イメージ画像

なんだか最初から衝撃とか愕然とか、穏やかでない言葉を並べてしまいましたが、映画自体はとても穏やかで優しさにあふれています。

勝手な思い込みなのですが、アメリカの田舎ってゲイに厳しいイメージがありました。

あ、ここまで言い忘れていましたが、パットはゲイです。

で、今のパットは黙っていれば普通のおじいさんにしか見えないのですが、ときにクイーン的な喋り方をするので分かってしまうのです。

しかし、老人ホームを抜け出したパットに関わった人たちは、みんな優しい人ばかりでしたよ。

ホームを抜け出した後、ガソリンスタンドに寄って買い物をするのですが、そこの店員さんとか、いかにもゲイを嫌って罵りそうな感じなのに、お金のないパットにツケでもいいぜって言ってくれます。

なのにパットは、彼が見ていない隙に商品をポッケナイナイしてしまうのですから、仕方のないじいさんです。

その後、ヒッチハイクをした時に乗せてくれたトラックの女性も、パットの話を聞いてくれて、最後には優しく手を握ってくれました。

手を握ってくれた理由は、パットがトラックから降りるには、ちょっと勇気が必要だったからですね。

パットが降りた場所は、彼の恋人だったデビッドの眠る墓地でした。

パットはリタのもとへ行く小さな旅を通して、ときどき追憶や妄想に浸ります。

彼の追憶でデビッドは若くして亡くなったのだと分かります。だってパットの思い出すデビッドは、今のパットの息子のようですから。

そして、パットとリタが仲違いしたのは、このデビッドの死が原因でした。

デビッドがエイズで亡くなったとき、リタはパットに寄り添ってはくれませんでした。

当時、保守的なリタは、デビッドの死因が怖かったのでしょう。

これは時代的にリタだけを責められませんが、彼女をただの顧客ではなく、親友でもあると思っていたパットだけに、どうしても彼女を許せなかったのですね。

これ、今なら、「そんな時代もあったのね、ひどい話よね」とパットを慰めることもできます。

実際、状況は少し変わるのですが、リタのところに来る前に、パットはデビッドと暮らしていた家に立ち寄りました。

そこはもう更地になっていて、デビッドの作った花壇も噴水もなくなっていました。

今の土地の所有者は若く優しい夫婦で、パットは妻の方と2人きりになったとき、デビッドが急に亡くなり、デビッドの甥に家もなにかも取られたのだと話しました。

彼女は「今なら、そんなことにならないのに」と慰めました。

でも、これって、慰めにもならないですよね。すでにパットはなにもかも失った後ですから。

しかもね、この「時代の違い」がパットを苦しめもするのです。

彼の時代のゲイ文化は、パットの住んでいた小さな町でも、ネットのおかげで崩壊の危機にありました。

パットが町に着いたとき、パットやデビッド、ゲイ仲間で作り上げたゲイバーが閉店となるところだったのです。

ゲイバーを買い取ったのもゲイのカップルだそうですが、今度はダンスフロアもないブルワリーパブとなるようです。

幸い、閉店パーティーで昔を懐かしみ、楽しんだパット。最後に間に合って良かった。

これで気持ちを持ち直したのか、一度はリタの家まで行きながら逃げ出したパットでしたが、最後の最後にリタを許し、彼女へ最高のヘアメイクを施します。

とても綺麗でした、リタ。

そして、事ここに至って、パットは昔の姿を完全に取り戻しました。

ホームを出たときはTシャツにスウェット姿だったのが、パステルグリーンのパンタロンスーツに紫色のソフト帽、リタに化粧をした残りの化粧品で自分にもメイクします。

足元だけは最後まで白い介護シューズだったのですが、まさか、このじいさん、亡くなった人の靴を取り上げるとは……

柩の中のリタの足元が見えたとき、まさかな~とは思ったのです。しかし、そのまさかでした。

リタの化粧を終えたパットがソファに座っていると、ダスティンがやってきて、パットの横に座ります。

えらく近くに座るなと思っておりましたら、ダスティンが衝撃的な話を始めるのです。

リタの孫から聞かされた話にパットは何を思ったでしょう。

ソファに座ったままのパットは、言葉を発することもなく、まるでリタの後を追うようにあの世へ旅立っていきました。

たくさんの参列者の中を担架で運ばれていくパットの足元は、パールの散りばめられた美しい靴に包まれていました。

パットからしたら、「これで許してあげる」ってところだったのでしょうね。

喪服に身を包んだ人たちの端っこで、自身も喪服姿なのに、思わずという感じでダスティンが笑っています。

あの世で、パットは自分自身の完璧な姿に戻り、デビッドや友人のユーニスに再会するのでしょう。

初老には衝撃的であり、センチメンタルで優しい気持ちにもなれる、素晴らしい映画なのでした。

スポンサーリンク

映画情報

製作年/2021年
製作国/アメリカ
監 督/トッド・スティーブンス
出 演/ウド・キアー/マイケル・ユーリー

日本での公開は2022年です。

ウド・キアーという人を初めて見たと思っていたら、脇役でいろんな映画に出演されていました。

このブログで以前感想を述べました『マイ・プライベート・アイダホ』にも出ておられました。

全然気付きませんでした(汗)

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました