壮絶な人生を戦い抜いた黒人女性歌手、ビリー・ホリデイを描いた映画です。
2時間の映画ですが、彼女の人生を語るには時間が足りないし、おまけに凝った作り方をしています。
これは評価が分かれそう~、というわけで映画『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』の感想を語ってみたいと思います。
「私のジャズへの入口はビリー・ホリデイだったわ~」という方も、「彼女がジャズ・シンガーってことだけは知ってる~」という方も、よろしかったらお付き合いください。
ただしネタバレ・あらすじを含みます。
お嫌な方はここまででお願い致しますm(_._)m
『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』ネタバレ感想
記憶がおぼろになっている方&見ていない方のために簡単なあらすじを。
梔子(くちなし)を愛した女性の戦い抜いた人生
梔子の花はお好きでしょうか?
あのクリームのようにしっとりとした白い花びらや、見た目に相応しい甘い香り。私は大好きです。
ビリー・ホリデイも梔子が好きで、ステージに立つとき、よく梔子の花を髪に飾っていました。
映画の中でも彼女の髪にはいつも白い花が飾られています。
私の勝手な想像ですが、美しく大好きな花に恥じない自分であろうと、いつも身に付けていたのかな、なんて思います。
好きな花を心の支えにするしかないと言われても納得するほど、彼女の回りには敵ばかりでした。
映画は彼女の亡くなる2年前、レジナルド・ディヴァインという女性にインタビューを受けるところから始まります。
話題はもちろん『奇妙な果実』です。
この歌が彼女の立場を大変な場所へと追いやった、と言うと、悪口に聞こえますかね?
でも時代は1940年代、黒人である彼女が、黒人差別を糾弾する歌を歌うことは、下手をすると命にかかわる大変危険なことだったのです。
歌の内容はある意味とてもシンプルです。リンチされ、木に吊るされた黒人の遺体を描写している歌です。
この歌は彼女の名声をさらなるものにしたと同時に、危惧した以上に危険な人物を引き寄せました。
その人物は麻薬取締局の長官、アンスリンガーです。
この男がね~(怒)
本当に麻薬を取り締まる仕事をしていればいいのですがね~(激怒)
ビリーは確かに麻薬常習者ではありましたが、アンスリンガーが問題視したのは『奇妙な果実』のほうでした。
アンスリンガー曰く、ジャズは悪魔の音楽であり、ビリーは悪魔の音楽で人々を煽動している、ということでした。
なので、絶対に『奇妙な果実』を歌うことを止めさせなければならないと、アンスリンガーは考えたわけです。
ですが、ビリーの夫を抱き込んで圧力をかけてもビリーは屈せず、それで麻薬の取り締まりという方向から彼女を押さえつけようとしたのですね。
そのために同じ黒人の捜査官・ジミー・フレッチャーを、身分を隠してビリーに接近させました。
フレッチャーの活躍?によりビリーは逮捕され、服役させられます。
同じ黒人であるビリーを騙し、刑務所にぶち込んだフレッチャーはひどい人間でしょうか?
フレッチャーも黒人が人権無視されている現状に憤りを感じていました。彼は彼で、黒人の地位向上のためと信じて、ビリー逮捕に協力したのです。
しかしビリーの辛い生い立ちを聞いたことや、アンスリンガーへの不信感から、次にビリーが逮捕された時には、彼女が有利になるような証言をしました。
その証言は嘘の証言だったわけではありません。だいたい、この時の逮捕は、アンスリンガーが仕掛けた罠にはまったものだったのです。
ビリーは、当時の彼女の夫から、薬をガウンのポケットに入れられたのです。もちろん、それをするよう指示したのはアンスリンガーです。悪魔はいったい誰なんでしょうね。
しかしフレッチャーの証言でビリーは不起訴。アンスリンガーはフレッチャーに裏切られたわけですが、悪魔のような男はそんなことくらいでフレッチャーもビリーも解放しません。
不起訴になったビリーはニューヨークで歌う許可を剥奪されていたため、全米ツアーに出ます。
そんなビリーの後を追いかけるよう、アンスリンガーはフレッチャーに命じるのです。
なんだかね、このへんから、見ていて分からなくなってきます。
なぜならビリーもビリーの仲間たちも、捜査官のフレッチャーがいても平気で薬を打つようになっていくのです。
もうね、薬をやっているかどうかより、アンスリンガーはビリーを破滅させたいだけなのが分かってきて、薬をやっていることを隠すのも馬鹿馬鹿しくなってきたのだろうかと思いました。
やってようがやっていまいが、悪魔のような男は、ビリーが歌うことをやめないかぎり付け回してくるのです。
そして、悪魔のやり方は、確実にビリーを追い詰めることに成功していきます。
ツアーの途中で金策が尽き、ビリーは仲間を放り出して、迎えに来たヒモのような男とニューヨークに戻ってしまいます。
ビリーと恋人のようになっていたフレッチャーも、結果、捨てられたようなものでした。
そして元の仕事へ戻ろうとしますが、彼の席は撤去されており、別の部署への移動となったのです。
その後のビリーは歌手としては欧州ツアーを成功させもしましたが、薬をやめることはできず、何度も逮捕されました。
最終的に、酒と薬に溺れたビリーは、肝硬変を患い入院となるのでした。
孫が歌う“奇妙な果実”
入院となったビリーは、病院で最期を迎えます。
最大限の治療を受けられていたら、もしかしたら、もう少し生きられたかもしれません。
しかし、あの悪魔のような男は病院にも圧力をかけていたようなのですね。
さらにビリーの仲間で抱き込める人間は抱き込み、そうでない者は遠ざけ、ビリーを追い込みます。
そして病室にまで押しかけたアンスリンガーは、ビリーに自白を強要しました。
なんて言わせるつもりだったんだろうな~。
私ビリー・ホリデイは薬に溺れ、悪魔の歌を歌い、人々を騙しました…とか?
こんなんに騙される人いるんかいな? 証拠さえあればいいのかな?
でも、まあ、ビリーはアンスリンガーの思う通りの言葉を言うことはありませんでした。
そしてアンスリンガーに向かい、「奇妙な果実を、孫が歌うよ」と言うのです。
痛烈です。痛快です。素晴らしい言葉です。
これにはアンスリンガーも、ぐうの音も出ませんでした。
アンスリンガーの妻はビリーのファンだそうです。そして実は、アンスリンガーもジャズに心惹かれるものがあったのではないでしょうか。
だからこそジャズが悪魔の音楽だなんて言うのでしょうね。
「孫が歌う」と言った後のビリーは笑い続け、アンスリンガーは病室をあとにしました。
ビリーの笑いは痛々しかった。
ちゃんとした治療を受けられず、大好きな人たちから切り離され、アンスリンガーの最大の怒りというか恨みというか、もはや憎しみ?を受け、辛くて怖くて苦しかったでしょう。
それでも意志を貫き、ビリーは44歳で亡くなりました。
亡くなった彼女の足には手錠がはめられていました。
彼女が言ったとおり、何十年たった今も『奇妙な果実』は歌い続けられています。
アンスリンガーの孫が歌ったかどうかは知りませんが、この歌を世間が忘れていないということが、彼に対する最大のカウンターでしょう。
差別はなくなっていませんが、ビリーの生きた時代より少しは良くなっていると思います。いや、思いたい。
映画の最後で、2020年にエメット・ティル反リンチ法は、まだ上院を通過していないと字幕が出ました。
それは悲しいことです。しかし法でリンチを取り締まったところで、ただの差別意識から人を傷つけることは悪であると、誰もが理解できないことには意味がない、と思うのです。
いつか、『奇妙な果実』を聴いても、「そんな時代があったんだね」と人種問わず過去のこととして話せる世の中になることを願わずにはいられません。
映画情報
製作国/アメリカ
監 督/リー・ダニエルズ
出 演/アンドラ・デイ/トレヴァンテ・ローズ
原 作/ヨハン・ハリ『麻薬と人間 100年の物語』
日本での公開は2022年です。
またアメリカでは、例の世界的はやり病のせいで、劇場公開からネット配信に切り替わったようです。
劇場公開されていないことに、内容が内容だけに、え?まさか!?と思ってしまいました(汗)
私って陰謀論に染まりやすいかも?となったので、気をつけます(激汗)
そして映画の最後に、2020年2月時点でエメット・ティル反リンチ法は上院を通過していないとあるのですが、この法案、2022年3月に成立しておりました。
法は遵守されなければ意味ないですが、ビリーやたくさんの人々の願いが叶ったことは、純粋に素晴らしいことだと思います。
どうかどうか、彼女の魂が安らかでありますように、今更ながらご冥福をお祈りいたします。
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