映画紹介には“コメディ”と書かれている本作ですが、これは立派な“ホラー”です。
いや、ラスト近くまでは笑っていられるのですがね……。
というわけで、映画『ファイナル・デッド・ツアー』の感想を語ってみたいと思います。
「低予算映画が好きなんだ~」という方や、「B級映画大好き!」という方、そして「純文学が好き~」という方も、よろしかったらお付き合いください。
なぜ“純文好き”向きなのか? それも後に述べてみたいと思います。
これから先はネタバレ・あらすじを含みます。
お嫌な方はここまででお願いいたしますm(_._)m
映画『ファイナル・デッド・ツアー』ネタバレ感想
記憶がおぼろになっている方&見ていない方のために簡単なあらすじを。
コメディにあらず! これは純然たるホラー映画です!
ジュディ・マックス・メルの3人は、ずっこけ3人組です。
バイトも辞め、実績作りのために背水の陣でツアーに出ようというのに、ツアーの足である車がなくなってしまいます。
借金のカタで持っていかれたのです。
本当にツメが甘い。借金がコゲついていることは分かっているのですから、さっさと車を隠しておいたらよかったのですよ。
しかし、何を言っても後の祭り。
で、仕方なく、3人は車を貸してくれる人を探すわけですが、まともな神経の人なら、そんなおマヌケな人たちに自分の大切な車を貸すわけありませんよね。
貸してくれる人がいるなら、その人もおかしな人なのです。
実際、3人に貸してくれた人は、怪しげなおじさんでした。
まずね、この人、車で寝起きしています。資本主義社会の厳しい現実にさらされているそうです。
だから貸せないと言っていたのですが、パトカーを見たとたん、考えを変えます。
車も貸すし、運転手もする。ツアー中は荷物係をするそうです。
なぜおじさんの考えが変わったのか、ジュディたちには分かりませんでしたし、胡散臭いとも思ったのですが、もう時間がありません。おじさんの話に乗るしかありませんでした。
ですが、このペッカーヘッドおじさん、夜中の12時になるとモンスターに変身し、人を襲います。襲って食っちゃいます。
ツアー初っぱなのライブで、それを目撃した3人はもちろんパニックですよ。
でも、とにかく話し合おうと、ペックは3人をつれてダイナーへ。
そう、ペックがつれて行くのです。
彼がモンスター化するのは夜中の12時からの30分だけで、彼はとっくに人間の姿に戻っていました。
そして、ペックはなぜかツアーを続けたいようでした。
ツアー開始のときに、マックスがペックに向かって、「仲間入りを歓迎する」的なことを言ったのですが、ペックにはそれが嬉しかったんじゃないかな~と、なんとなく思うのです。
ペックが一緒に来ることに、ジュディは断固反対だったのですが、マックスとメルは賛成しました。
実際問題、ペックがいなければ車がなくなるわけで、どうしようもありません。
仕方なく、もう人を襲わないこと、食べないことを約束させ、ペックと一緒にツアーは続くこととなったのです。
マックスとメルはペックとどんどん仲良くなり、仲良くなるにつれ、同じバンドとしての仲間意識も出てきます。
ペックもバンドの役に立とうと、積極的にデモテープを売りさばいたり、観客をうまく乗せたりと奮闘します。
最後までペックに心を開こうとしなかったジュディも、ついに彼を信用し、2人は打ち解けるのです。
仲間として扱ってもらって、ペックも本当に嬉しそうでした。
でも、結局のところペックは人を襲い続けていました。毎夜、薬で変身を抑えているというのは嘘だったのです。
ペック曰く、自分が何者かも、なぜモンスターになるのかも分かっていないというのですから、約束なんて意味がなかったのです。
そして最後には、成り行きとはいえ、ファンの女の子とそのお祖母さんを誘拐までしてしまったペック。
さすがにジュディだけでなく、マックスとメルもペックをクビにすることに賛成しました。
でもね、ペックは3人に、すでに、とんでもなく執着していたのです。
ペックのこれまでの人生が楽しいものだったはずもなく、そんなペックが、数日とはいえ、心を通い合わせ、一緒に生活した3人に執着してしまうのは当然かもしれません。切ない話です。
なんて、執着されるジュディたちにしてみれば、たまったものではありませんが。
そしてペックは、もう少しで12時になるぞ、考え直さないとどうなるか分かっているだろうと、脅しをかけてきました。
かわいそうなペック。
脅しで人の心が戻ってくると思っているのでしょうか?
戻らないと分かっていても、そうせざるを得ないほど悲しかったのでしょうか?
しかし、3人がペックに脅されつつステージに上がろうとした瞬間、警察につかまってしまいました。
ジュディを尋問する警察官の後ろで、ペックがそっと去っていくのが見えました。
このとき、ジュディはやばいと思ったのか、助かったと思ったのか……。
その後、いったんは警察のご厄介になった3人ですが、無事釈放されます。まあ、ジュディたちが手を下したわけではないのですから、当然ですね。
ニュースで名前が知れ渡ったせいもあるのか、釈放後のライブでは、けっこうな数のお客さんが入っていました。
絶好調で歌うボーカルのマックスと、サブボーカルのジュディ。
そんなジュディの目に、あのペックの姿が映ります。
悲しげな表情のペック。
そして、ジュディが時計を見ると、11時59分でした。
12時になると同時に、歓声は悲鳴へと変わっていきます。
ジュディたちへのペックの執着心は、まったく消えることがなかったのです。
それが分かった瞬間、私の背筋は凍り、それまでの、4人が心を通わせたシーンさえも、うすら寒いものに変わっていったのでした。
純文好きなら大丈夫! エンディングまで耐えることに意義がある!
というわけで、この映画の怖さは、実は心理的な怖さだというのがワタクシの感想です。
で、それを味わうには、最後のシーンまで見続ける必要があります。
「なんだよ~、なんでゾンビじゃくなくて訳のわからないモンスターなんだよ~」とか。
「なかなか、まともな音楽シーンがないのは退屈だな~」とか。
「おいおい、食べちゃった人の残骸とか返り血の処理とか、設定甘くないですか~」とか。
いろいろ思ってしまって、低予算映画に慣れていない方なら、途中で見るのをやめてしまうかもしれません。
しかし、純文学を読み慣れている方なら大丈夫!
大部分が平坦で退屈で、でもラストに用意されているであろう何かのために1本の小説を読みくだせるなら、この映画も見通せます!
小説のラストに用意されている何かとは、心を揺さぶる何かですよね?
それが良い揺さぶりなのか悪い揺さぶりなのかは置いておいて、読み終わった後になにかしら心に残るものがあると信じているから読み通せる。
大丈夫です!
この映画も、ラストにはちゃんと心揺さぶるものがあります。
それは恐怖ですけど。
ペックおじさんが、無事釈放されたジュディたちのライブに姿を現したとき、私はペックが悲しげな表情に見えたと書きましたが、同時に冷たい怒りや蔑みのような、悪意と言える感情もあるように見えました。
もちろん悪意はありますよね? わざわざライブを襲撃しにきたのですから。
でも、それは、ペック側からしたら、仕方のないことだったのかもしれません。
可愛さ余って憎さ百倍?
死なばもろとも?
まあ、我々人間からすれば理不尽に感じます。
しかし、1日のうちにたった30分の間だけモンスターになるということは、その言葉通りのものじゃなかったはずです。
その30分のおかげで彼の人生は悲惨なものだったはずですし、なにより彼の心がモンスター化したのだと思います。
彼は30分だけモンスターになる人ではなく、見た目は人だけれど、中身は完全に人外のもの、モンスターそのものだったのです。
そして、そんなモンスターに取りつかれたジュディたち。
ラストは、ライブの観客たちが襲われる様子は描かれず、それを見ているジュディの表情だけが映し出されるわけですが。
これも低予算ゆえの演出かな~と思いつつも、恐怖をいや増す役割をきっちり果たしている演出となっていたのでした。
さあ、純文学好き諸姉よ。心ゆくまで、この恐怖を味わうがよい(笑)
映画情報
製作国/アメリカ
監 督/マシュー・ジョン・ローレンス
出 演/デイビッド・リトルトン/チェット・シーゲル/ジェフ・リドル/ルビー・マッコリスター
映画の原題は『Uncle Peckerhead』で、まんま『ペッカーヘッドおじさん』のお話なのですが、この“ペッカーヘッド”には俗な意味もあるようで、そのため邦題は変えられたのでしょう、たぶん。
でも私は邦題のほうが好きなので、ぜんぜん良きです。
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