1957年、ロンドンの家政婦さんが、爪に火をともす思いで貯めたお金で、意気揚々とディオールのドレスを買いに行くお話です。
と聞くと、心配になりません?
そんな時代に、「貧乏人(失礼!)が高級店で買い物なんて、門前払いを受けるのでは?」って。
今だって、パリのハイブランド店で、ラフな恰好のまま入ってしまった日本人が挨拶もしてもらえなかったなんて話を普通に聞きます。
なので、ハリス夫人がディオールまで辿りついた瞬間、私は不安で走り出したい気持ちになりました。
というわけで、『ミセス・ハリス、パリへ行く』についての感想を語ってみたいと思います。
ただし、ネタバレ・あらすじを含みます。
お嫌な方はここまででお願い致しますm(_._)m
『ミセス・ハリス、パリへ行く』ネタバレ感想
記憶がおぼろになっている方&見ていない方のために簡単なあらすじを。
透明人間はクリスチャン ディオールの夢を見るか?
透明人間とはなんぞや?
これはハリス夫人が自分自身を表現し、他人からも言われた言葉です。
貧しい戦争未亡人で、若くもなく、仕事は家政婦。雇い主から見ても、通りすがりの人から見ても、言われなければそこにいることにも気づかない、取るに足らない存在、というところでしょうか。
そう思われること、そう思われていると自覚することは寂しいことですが、大多数の人がいつかは経験する感覚だと思います。
年をとるということは、透明人間になっていくこと、と言ってもいいのかもしれません。
それでも、裕福だったり、地位があるのであれば、まだマシです。そういうものはいつだって、人の目に輝いて見えますから。
でもハリス夫人はしがない家政婦。しかも未亡人で子供もいない。
そのせいか、仕事先の立派なお屋敷の奥様は、ハリス夫人を舐めきっていて、お給料の支払いもせず、自分は500ポンドのドレスをご購入です。
この金額は、今の日本円に換算すると250~400万円ほどだそうです。
たっか!
めっちゃ、たっか!!
「給料未払いのくせに、なに、そんなドレス買ってんのよ!?」と思います。ハリス夫人も同じ気持ちでしょう。
しかし、そのドレスの美しさに、ハリス夫人は恋してしまったのですね。
雇い主に対する怒りは怒りとして、ドレスに対する恋心は理屈じゃなかったのです。
そのドレスをそっと触るハリス夫人の手つきで、彼女の気持ちがよく分かります。ええ、分かりますとも。
私もハイブランドの服なんて1枚も持っていませんが、お安い布地とお高い布地は手触りからして違いますもんね。
その手触りに胸がきゅんとしますよね。
薄紫のドレスを胸に当て、うっとりするハリス夫人。
もちろんドレスを買えるなんて夢にも思っていなかった夫人ですが、ある日、宝くじ?スポーツくじ?に当たって、「パリのディオールにドレスを買いに行く!」と決意してしまうのです。
とはいえ、当選金は150ポンドでした。ハリス夫人にとっては大金に違いないのですが、500ポンドにはほど遠い。
そこでバス代を浮かせたり内職を増やしたりと、チマチマお金を貯め始めます。でも数百万貯めなければならないのに、数百円、数千円の稼ぎでは目標額はいつのこと?って感じです。
そんなとき、ドッグレースに出掛けたハリス夫人は「オートクチュール」という名の犬を見て、これは運命だと思い込みます。
お友達のバイや、やはり友達で賭け屋のアーチーから必死に止められたのに、ハリス夫人は100ポンド賭けてしまうのでした。
思い込んでいるときってそんなもんです。聞く耳なんてありません。
そして忠告通り、きっちり100ポンド失ってしまったハリス夫人。寝込んでしまうくらい落ち込みました。
そりゃ辛かったでしょう。でもね、この頃のハリス夫人は、けっこう幸せだったんじゃないかな~と思います。
私はハリス夫人を最初から「未亡人」と紹介していますが、映画の始まりでは、彼女の夫の消息は不明でした。
でも終戦から十年以上も経って帰ってきていないということは、そういうことなんだなと、妻であるハリス夫人も、回りの人たちも思っていたはずです。
思っていても、もしかしてということもありますし、ハリス夫人にとっては身動きのできない十数年だったのです。
夫の指輪一つと共に、ようやく夫の戦死を知らせる手紙が来たとき、彼女は泣きました。
一縷の望みも消え、悲しく空しく、心に穴があいた気もしたでしょう。
それでも、彼女は先の未来を考えることができるようになったのです。
そして、そんなハリス夫人の目の前に、ディオールのドレスがあらわれたというわけです。
で、話はドッグレースで100ポンドすってしまった後に戻りますが、彼女がはっきり戦争未亡人と認定されたことで、彼女にはけっこうな額の年金があることが分かりました。
幸運は続き、他にも思いがけない収入があり、ハリス夫人のドレス貯金はみごと500ポンドを超えました。
透明人間ですって?
透明人間でけっこう。透明人間だって夢を見るし、そうなると力だってわいてくるってもんです。
ハリス夫人は貯めたお金を鞄に詰め、日帰り(のつもり)でパリへと旅立つのでした。
透明人間、人間になる
さてさて、日帰りのつもりでパリへ向かったハリス夫人ですが、まあ無謀な計画です。
そもそも、オートクチュールなんて注文を受けてから作るわけですから、行ったその日に持ち帰れるわけもないですし、飛行機の遅延なんて日常茶飯事です。
案の定、飛行機はきっちりと遅れて、ハリス夫人がパリに到着したのは、すっかりしっかり夜でした。
で、駅で一夜を過ごし、次の日ディオール本店へ乗り込みまして、幸運にも中へ入ることはできたのですが、招待状は持っていないし、見るからに貧相な服装で、支配人のコルベールさんはオバケでも見たような顔です。
もちろんコルベールさんはハリス夫人を追い出そうとしますが、ハリス夫人だって、ここまできて、はいそうですかとは帰れません。
金ならあると、貯めに貯めた現金を鞄から次々に取り出します。
すると不思議なことに、この”高級店”であるディオールの会計係が、少しばかり興奮した様子で「現金です」というのですよ。
つまり、富裕層相手の高級店とはいえ、ディオールの内情は火の車だったのですね。
なるほど、なるほど。
どうりで、支配人以外の従業員がハリス夫人に好意的だったわけです。
私、従業員たちのハリス夫人への好意が、最初は不思議だったのですよ。
もちろん、ハリス夫人自身が魅力的だったということもあります。見た目は可愛い下町のおばちゃんで、そんな人が身分も気にせず、堂々と服を買いに来たのは、さぞや痛快だったでしょう。
経営難でピリピリしていたところなら、なおさらですね。
他にもハリス夫人に好意を寄せてくれたシャサニュ侯爵のおかげもあって、ハリス夫人はドレスを注文することができました。
残念ながら、一番お気に入りだったドレスは、成り金マダムの横やりのせいで無理でしたが、その次に素晴らしいと思った緑色のドレスを注文するのです。
ドレスが仕上がるまでは、会計係のフォーベルさんが部屋を貸してくれましたし、ハリス夫人の仕事は友達のバイが引き受けてくれて、夫人はパリに一週間ほど滞在できることになりました。
ただ浮かれすぎて、仮縫いの時間に遅れてしまったとき、これ幸いとコルベール女史はハリス夫人を追い返そうとします。
もちろんハリス夫人は食い下がりますし、最初は怒っていた製作の担当者やお針子さんたちも、ハリス夫人を許してしまいます。
コルベールさんはハリス夫人に言います。
ディオールのドレスを買ってどこに行くの?
行くところなんてないでしょう?
ディオールのドレスが夢?夢をかなえたらどうするの?
ハリス夫人は何も答えられませんでしたが、私は別に、その質問の答えがなくてもええやん、と思います。
ドレスを買ったあと、ただ吊るしておくのか、ともコルベールさんは聞きましたが、それでもいいじゃないですか。
これは結果論ですが、夢を手に入れるために行動したことで、ハリス夫人は変わりました。
パリでのハリス夫人は恋の予感を感じたり、フォーベルさんの恋を取り持ったり、さらにはディオールの未来までも救ったのです。
経営がどん詰まり状態まできたディオールは、お針子さんたちを大量にクビにしようとしました。
しかし、人員削減をしたところで、焼け石に水というか、今までの経営方針では時代に合わず、遅かれ早かれディオールは終わる、と会計係のフォーベルさんは考えていました。
その考えを、有無を言わさずムッシュ・ディオールへ進言させたハリス夫人。お針子さんたちのクビは撤回されたのです。
さらに、自分は時代後れと身を引くつもりだったコルベール女史さえも、あなたがいなければ始まらないと連れ戻すのです。
どうです、この八面六臂の活躍ぶり。
パリに来る前、ハリス夫人は自身の賃金の催促さえ、まともにできなかったのですよ。
夢を手に入れる過程で、ハリス夫人は透明人間から人間に変わったのだと思います。
実はロンドンに戻ってからも、さらにもう一悶着あるのですが、結果として、彼女は一番欲しかったドレスを手に入れることになります。
ハリス夫人は夢に見たとおり、ディオールのドレスを着て、軍人会でダンスを踊ります。
ハリス夫人の夢はかないました。
その後の夫人の生活は、やはり家政婦としての人生でしょう。
多くの人々からは、やはり透明人間のように扱われるでしょう。
でも、彼女が自分の口から、自分を卑下する言葉はもう出てこないのではないかな~と思うのでした。
映画情報
製作国/イギリス
監 督/アンソニー・ファビアン
出 演/レスリー・マンヴィル/イザベル・ユペール
日本での公開は2022年です。
この映画の原作はポール・ギャリコの『ハリスおばさんパリへ行く』です。
この『ハリスおばさん』はシリーズ化されてるそうですよ。
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