現代のノマド(遊牧民・放浪者)を描いた、初老以上にはかなり刺さる映画です。
この映画が刺さらないとしたら、それは、とても幸せに暮らしているってことなんだなぁと、私的にはとても羨ましく感じます。
「私もこれ刺さったわぁ~」という方も、「ノマドワーカーって、この数年よく聞くよね~」という方も、よろしかったらお付き合いください。
ただしネタバレ・あらすじを含みます。
お嫌な方はここまででお願い致しますm(_._)m
『ノマドランド』ネタバレ感想
記憶がおぼろになっている方&見ていない方のために、簡単なあらすじを。
“ハウスレス”とは酸っぱい葡萄か? 貧困と心の自由
「ノマド」とは仏語や英語で遊牧民、または放浪者を表す言葉だそうです。
私はここ数年「ノマドワーカー」という言葉をよく耳にしていて、そのイメージは実に優雅でした。
若くて仕事のできる人たちが起業して、おしゃれなカフェのテラスやリゾート地でコーヒーを傍らにパソコンを叩いている、というような。
貧しい発想で申し訳ないですが、ともかく優雅でハイスペックなイメージでしたね。
ですが、この映画で描かれる現代アメリカのノマドたちは、生活に困窮し、救いの手も差し伸べられず、車上生活者になった人たちばかりでした。
映画の背景にはリーマン・ショックがあります。
ちょっと本題からズレますが、この「リーマン・ショック」とは日本だけでの言い方らしいです。
アメリカでは「2008年の金融危機」とか「国際金融危機」等々言うそうです。分かりづらいやん。
で、まあ、日本で言うところのリーマン・ショックは、一つの会社、一つの国に止まらず、世界に波及したわけですが、ファーンの暮らすエンパイアという田舎町にも、その余波は威力を持って届いたわけですね。
一企業の城下町は、唯一の企業が潰れてしまえば、当然大打撃を受けます。
エンパイアは町ごと閉鎖されてしまい、郵便番号も抹消とか、どんだけよと言いたくなるほどの状況に陥ります。
完全に人がいなくなったわけではないですが、ファーンの夫は潰れたUSジプサム社の社員で社宅に住んでいたため、これだけで仕事も住む家もなくなったわけです。
しかも、夫も亡くなってしまい、ファーンは家財道具を貸し倉庫に預け、最低限の荷物だけを車に積んで車上生活を送ることになりました。
当初、ファーンはノマドになるつもりはなかったのです。エンパイアの側からも離れたくなかった。
幸い、わりと近くにアマゾンの倉庫があり、そこでクリスマスまでは働けます。倉庫の近くにはRVパークがあって、アマゾンにいる間はRVパークの使用料はアマゾン持ちです。
ところで皆様、RVパークってご存じでした?
私はこの映画を見るまで知らなかったのですが、キャンピングカー等で泊まることのできる宿泊施設のようなもので、アメリカではかなりメジャーな存在のようです。
さすが車社会のアメリカ。
とはいえ、良い面だけではなく、昔からアメリカ映画を見ていると、キャンピングカーで生活している人たちが出てきたりしましたよね。それは単なる趣味ではなく、家に住むことができないという切羽詰まった理由からです。
日本でもリーマン・ショックのとき、工場などの寮に住み込んでいた若い男性たちが、仕事と同時に住む場所も失くして問題になっていました。
もともと車で生活する素地のあったアメリカは幸だったのか不幸だったのか……
話をファーンに戻して、アマゾンにいる間に、ファーンはハロー・ワークのようなところに仕事探しの相談に行きましたが、年齢と経歴を理由に就職は難しいと言われました。
このへん、とても身につまされました。
ハロー・ワークの職員さんから、年金の早期受給を申し込んでは?と言われますが、それだけでは生活できないからとファーンは言います。
ああ、あなたは私か?って感じですよ。
そんなことを言うと、「人生設計が甘すぎたんでしょ? 自業自得よ」と叱られそうで、それには返す言葉もないのですが、過去に戻ることはできないので、今をどうにかするしかありません。
どうにかするしかない結果、ファーンは思っていたこととは反対の方へ、反対の方へと、流れていきます。
エンパイアに住む隣人たちが好きで離れたくない一方、知り合いや、知り合いでもない人から寄せられる好意や同情にいたたまれなくなり、また現実に仕事もないことから、ファーンはエンパイアを離れざるをえないのです。
そして同じ車上生活者で友達のリンダ・メイから、ボブ・ウェルズという人がやっているノマド初心者の訓練所のようなものを紹介され、一緒に行こうと誘われます。
しかしファーンは、一旦は断ります。
ですがエンパイアを離れるしかなく、車上生活も初めてですし、結局は行くことにするのです。
結果としては良かったと思います。
訓練所に行くまで、トイレもその辺でしていましたが、車生活での排泄の仕方も分かりましたし、私的にはスワンキーとの出会いが大きかったなと思います。
まあ、私が勝手に、スワンキーが大好きなだけってこともありますが。
スワンキーは本当のハウスレスかもしれません。
この“ハウスレス”とは、ファーンがかつての教え子(ファーンは数年代用教員をやっていました)から、「先生はホームレスになったの?」と訊ねられたとき、「ホームレスじゃない、ハウスレスよ」と答えます。
言いたいことは分かります。箱物がなくなっただけで、心の中にある本当のホームをなくしたわけじゃないと言いたいのですね。
でも、ファーンがそう言ったときは、辛さを隠しているだけのように見えました。
ひるがえってスワンキーは?
彼女には本当の覚悟があるように見えます。有言実行でアラスカに行き、カヌーで、もう一度見たいという景色を見に行きます。その景色を動画に収め、ファーンに送ってきました。
私にとってスワンキーの動画は、綺麗というより、あふれる生命力が恐ろしいほどで、カヌーの浮かぶ水面は穏やかで、なんとも言えないものでした。
なんというか、その動画は彼女の潔い生き様にも思えて、怖じ気づいてしまうのです。
彼女の心は自由で、どんな辛い現実も受け止めていて、覚悟の決まっていない私などからしたら、それは怖いものと感じられて当たり前なのかもしれないな~と、思うのです。
ファーンがノマドになった訳
ノマドの訓練所を離れたあと、ファーンは季節労働者として各地を転々とします。
そして一年後には、またアマゾンの倉庫へ舞い戻って、クリスマスを迎えるのです。
旅の途中で一緒に住もうと誘ってくれる人もいましたし、実はファーンには姉がいて、一緒に住むようにずっと誘ってくれていたのだということも分かりました。
でも、ファーンはどこにも止まることなく、またエンパイアに戻ってくるのです。
それはファーンが夫を見捨てることができなかったからでした。
亡くなっているのに見捨てるもなにもあったものではありませんが、ファーンの夫のボーという人は天涯孤独の身で、自分がエンパイアを離れてしまったら、ボーが存在していた事実さえ消えてしまう気がしたのです。
このことを、ファーンはノマドの訓練所を作ったボブという人に話すのですが、ファーンがこのことを話したのはボブが初めてだと思います。
ファーンは怖かったのでしょう。夫が亡くなったばかりの頃に、自分の思いを口にして、誰かに否定されたら、耐えられなかったのではないでしょうか。
ボブに話したときは、ずいぶんと気持ちの整理がついていたのだと思う。
ファーンは気持ちを吐露した後、「分かる?」とボブに問い掛けました。そのときのファーンの表情に、初めて、彼女の生の心に触れた気がしました。
この質問にボブは、「分かるよ」と、簡潔に返してくれて本当に良かった。
その後、ボブも、誰にも話したことのない息子の死について話してくれ、誰もが傷ついているが解決しなくてもいい、そのままでいいと言ってくれました。
ファーンはエンパイアに戻り、貸し倉庫に預けていた荷物をすべて処分します。
誰もいない町を歩き、誰もいない会社の事務所を歩き、誰もいない社宅に戻って、社宅の裏に見える砂漠を歩きます。
そして、また車に乗り込み、ファーンは去っていきます。
この先のファーンがどうするのか分かりません。
吹っ切れたなら、どこか気に入った町で定住してくれたらいいなと思います。お金なら、頼めば姉が快く貸してくれるでしょう。
でも、やっぱり、しばらくはノマド生活を続けるのでしょうね。
ラストのファーンが「ハウスレスよ」と口にしても、もう酸っぱい葡萄には聞こえないですし、それならそれでいいのかな、とも思うのでした。
映画情報
製作国/アメリカ
監 督/クロエ・ジャオ
出 演/フランシス・マクドーマンド
原 作/ジェシカ・ブルーダー『ノマド:漂流する高齢労働者たち』
日本での公開も2021年です。
この映画のすごいところは、プロの俳優はファーンとデイブ役の2人だけで、あとは本当のノマド生活の方々を起用したところです。
スワンキーもリンダ・メイもプロじゃないって本当ですか!?
アマチュアです、なんてオチがあるのでは!? とか思ってしまうほど、堂々たる役者ぶりでした。
ドキュメンタリーでスワンキーとリンダ・メイの生活が見てみたいな~なんて、無理ですかね~?
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