この映画は、ポルノ映画界に携わる人々を描いた青春群像劇である、と言ったら、「青春だぁ~?」と半ギレで言われる方がいるかもしれません。
確かに、“青春”と言える年代なのは主人公のエディだけですが、背景にはポルノ映画界の黄金期があり、業界の青春時代を描いた映画でもある、と思っていただければいいかな~っと……テヘ♡
というわけで、映画『ブギーナイツ』の感想を語ってみたいと思います。
「はぁ? ポルノ映画で青春~?」と、さらにキレられた方も、「ディスコのシーンが懐かしいわ~」という方も、よろしかったらお付き合いください。
ただし、ネタバレ・あらすじを含みます。
お嫌な方はここまででお願い致しますm(_._)m
『ブギーナイツ』ネタバレ感想
記憶がおぼろになっている方&見ていない方のために簡単なあらすじを。
異色な世界を背景にした青春群像(異論は認める)
この映画を称して、「エディの青春を描いた」と言えば、それに異論はおきないかなぁと思います。
エディ自身は至って普通の男の子です。彼の部屋には可愛い女の子や車やスターのポスターが貼ってあって、17歳のエディにはたくさんの夢があるのだろうと思われます。
しかし彼の部屋は、彼の母親によってメチャクチャにされてしまいます。
エディの母はアルコール依存でヒステリックな女性です。
エディは良い子なのですが、高校を中退しており、親としては色々と思うことも言いたいこともあるのでしょう。
ですが、エディの母はそれだけでなく、エディを自分の支配下に置きたい願望が強い気がします。
なので、学校を辞め、ナイトクラブでアルバイトをしているエディの何もかもが気に入らず、母は彼の部屋を荒らし、家を出て行こうとするエディに、すべては親の買ったものだから何一つ持って出ることは許さないと言うのです。
私は立場的には、エディより母のほうに近いわけですが、彼女の言い分や行動にひとかけらも同意できません。ありえんて。
そんな母親に対して、何も言えない父親もひどい。エディが高校を辞めた原因は家庭環境にあったのでは……なんて思ってしまいます。
というか、間違いなく原因の一つではあるでしょうね。
で、エディは泣きながら家を飛び出して、向かった先はジャックの家だったのです。
ジャックは、ポルノ映画界で、すでに名の知れた監督でした。そんなジャックがエディの働くナイトクラブに訪れた際、その店でエディを勧誘しておりました。
エディはすぐ勧誘に乗ったわけではありませんが、最初からジャックをポルノ映画の監督と知っていましたし、監督と一緒にいたアンバーという女性が誰なのかも知っていました。
そしてエディにはたくさんの夢や希望がありました。それは若者にありがちな、有名になって名声を得たい、素晴らしい生活をしたいという単純なものだったかもしれません。しかし、それは悪いことではありません。
かくしてジャックの仲間となったエディは、ジャックの望み通り、もしくはそれ以上の成果を出したのです。
成果の出た理由は色々ありますけど、ひとつには、エディの素直な性格ゆえの、真面目に映画へ取り組む姿勢があったと思われます。
ポルノだからと見下した態度がエディにはなく、「エディ」と呼ぶジャックに、芸名の「ダーク・ディグラー」と呼んでくれとまで言い出しました。
自分よりキャリアも長く有名な監督に、素人同然の役者がそんなことを言うなんて、無視か、「うるせえ」で終わる話だと思います。
ですが、ジャックは大人の対応で「ダーク」と呼びます。いつ消えるかもしれない新人に、目くじらを立てることもないと思っただけかもしれません。
でもね、このときのジャックは、大人の対応という以上に、どこか嬉しそうでもありました。
思うのですが、このときジャックは、自分と同じ熱量で映画に取り組む青年に、本気で好感を持ったのではなかろうか。
同時にジャックの中で、エディが使い捨ての男優から、仲間の1人になったのだという気がします。
で、エディ主演の映画は大当たりして、さらにエディ自ら映画のアイディアを出しもして、エディとジャックの快進撃は続きます。
しかしです。大人な私たちは、どんなに勢いがあろうと、人気があろうと、いずれは陰りが見えてくると知っています。
なにがなくとも時間が経てば、人は飽きるし考えも変わる。エディ含めたポルノ業界だって例外じゃありません。ちょうど、70年代から80年代へと時代が移り変わるのと同じくして、彼らの凋落が始まるのです。
その始まりは不吉な出来事で印象づけられます。
1979年、大晦日の年越しパーティーを、ジャックのプール付き邸宅で行っている最中でした。あと少しで1980年というところで、ジャックの側近であるビルが、妻と妻の浮気相手を射殺し、その後、自分の頭も撃ち抜いてしまうという事件が起きました。
この出来事が暗示していたかのように、ポルノ映画は家庭用ビデオテープに押されて斜陽となり、ジャックの出資者だった大佐と呼ばれる男がある罪で逮捕され、それまでビデオテープを拒否していたジャックも方向転換を余儀なくされました。
エディはというと、それ以前に、とっくの昔に、ジャックからクビを言い渡されていました。
“素直”というのは諸刃の剣と申しますか、“素直”の裏返しは“考えなし”という場合があります。
かつて、やる気はあっても謙虚な青年だったエディは、いつしか天狗となっており、いけないお薬にもどっぷり漬かって、ジャックに暴言を吐き、ジャックやそのクルーたちと決別してしまったのでした。
その後はもう、転がり落ちる勢いで落ちぶれて、犯罪にまで手を染めてしまいます。唯一の救いは、カタギに手を出さなかったということくらいです。
落ちるところまで落ちたエディは、またも泣きながらジャックのところへ逃げ込みます。
正直、ジャックに投げつけたエディの暴言を思うと、ジャックが受け入れるわけはないと思うのですが、ジャックはエディをしっかりと抱きしめます。
ジャックはエディの前にも、たくさんの男優をスカウトしてきたはずで、実際、エディが有名になった後も、エディより若い男の子をスカウトしているシーンがありました。
上記のシーン、ジャックが若い男をスカウトするために熱く語った内容が、エディに言っていたことと同じで、いい感じにジャックをゲスく見せていました。
ジャックにとって男優は、言い方は悪いですが、消耗品という感じがよく出ています。
とはいえ、ジャックがかかわってきた男優たちも、ポルノなんてちょろいとか、金儲けの道具としか考えていない人も多かったでしょうし、その辺はお互い様なのかもしれません。
でもエディは本気で、「ポルノ業界を背負っているのは俺だ!」というくらいの気概を見せていました。
ジャックは、そんなエディを仲間だと思っていました。少なくとも、そう思っていた時期がありました。
だからなんでしょうね。1人で有名になったかのように思い上がり、暴言を吐いて出ていったエディを再び受け入れたのは。
それと、もう一つ、ジャックは夢を見ているんだなあ、と思うのです。
海千山千で、自分の吐いた唾も飲めるジャックなのに、彼は夢を見ている。
ジャックの夢は、やはり映画です。ビデオなんかではなく、映画でまた観客を魅了したいのです。
もう2度と、かつてのような黄金時代が来ることはないと分かってはいるんだろうなと思うのですが、エディが戻ってきたことで、ジャックはまた映画を撮り始めます。
これを“青春”と呼ぶのは間違っているのかもしれないけど、ただの群像劇と紹介すればいいだけなのかもしれないけど、“青春”と言ったっていいじゃないか……と思うのでした。
スコッティが好き!

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“群像”と書くからには、複数の人たちの人生が描かれているわけです。
監督のジャック・ホーナーを取り巻く、言うなれば「ホーナー組」の面々ですね。
上記にちらりとだけ名前を出したポルノ女優のアンバー、同じく女優のローラーガール、ジャックの友人で出資者でもある大佐等々、それぞれ深掘りしたら面白いだろうなぁと思うのですが、もう反射的に「好き!」と思ったのが、録音技師のスコッティという男の子です。
エディが「ホーナー組」に入る前から、スコッティはジャックの下で働いておりました。
そこに新人としてやってきたエディに恋してしまうのですね~。
もうね、エディが楽しそうにしている間はもちろん、落ちぶれていく間も、自分の意見は押し込めて、エディに尽くす健気さが可愛すぎる。
彼が何より可愛かったのは、ジャックの邸宅のプールサイドで、エディがジャックを罵っている最中の態度です。
エディが錯乱状態でジャックを罵り倒しているとき、その姿は痛々しく、「ああ、痛々しいなあ、無残だなあ」と思って見ていると、スコッティの姿が目に入ります。
このときの構図が素晴らしく、エディの後方にスコッティがいるのですが、手負いの獣のようにエディが吠えるたび、スコッティは怯えたような、泣きだしそうな顔で、両手を顎の下で握りしめているのです。
わかる! わかるよ、スコッティ! 愛する人の醜態を目にするのは本当に辛いよね!
その後、エディがジャックのもとに戻ってきてくれたのは、スコッティのためにも本当によかったなぁと思いました。
最後は、再び、エディとアンバーを主演にして、映画を撮ろうとするシーンで終わります。
私たちはポルノ映画のみならず、映画界全体を取り巻く環境が、さらに変化していくことを知っています。
そして再出発とは、ゼロからの出発より困難であることも知っています。
でも、失敗後に、再びスタート地点に立てることがどれほどの幸運かも知っています。
だから不安と諦めが大半を占めても、一縷の希望を持って映画を見終えることができます。
ただ1人、刑務所で悲惨な目にあっていた大佐のことだけが心残りとなりますが、彼もきっと出所後には、刑務所で自分を叩きのめした相手に倍返しをする胸スカ展開が待っているのだと妄想して、溜飲を下げればよい、と思うのです。
映画情報
製作国/アメリカ
監 督/ポール・トーマス・アンダーソン
出 演/マーク・ウォールバーグ/フィリップ・シーモア・ホフマン
日本での公開は1998年です。
マーク・ウォールバーグが演じたエディ役ですが、実はレオナルド・ディカプリオがオファーを受けていたそうです。
しかし、その頃、ディカプリオ氏はあの『タイタニック』への出演が決まっていたため、オファーは不発に終わりました。
いや~、この話を知ったとき、頭の中でエディの顔がすべてレオ様になってしまった。
いえいえ、ウォールバーグ氏になんの不満もございません。ただ、レオ様、エディ役にぴったり~と思ってしまったのでした。
もしディカプリオ氏が、『タイタニック』より先にこちらと契約をしていたら、彼の俳優人生はどう変わっていたのでしょう。
『タイタニック』でなく『ブギーナイツ』に出演していたら、彼は日本で「レオ様」と呼ばれるようになっていただろうか…なんて想像するのも楽しいですね~。
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↓スコッティ役のフィリップ・シーモア・ホフマンがドラァグクイーンを演じる映画

↓アンバー役のジュリアン・ムーアがまったく別タイプの母親役を演じる映画


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