娘は父を愛し、父は娘を愛していました。
そのことを、穏やかに輝く陽光に包まれた、少しひなびたリゾート地の景色とともに見せてくれる映画です。
正直、悲しい映画だと思います。愛ってポジティブな面だけじゃないんだな~と再認識してしまうのですよ。
というわけで、映画『aftersun/アフターサン』の感想を語ってみたいと思います。
「アフターサンとは、なんぞ?」という方も、「年取ると親の気持ちが分かってつらい~」という方も、よろしかったらお付き合いください。
ただしネタバレ・あらすじを含みます。
お嫌な方はここまででお願い致しますm(_._)m
『aftersun/アフターサン』ネタバレ感想
記憶がおぼろになっている方&見ていない方のために簡単なあらすじを。
愛は凶器…ということを語らず見せてくれる映画
この映画は娘であるソフィからの視点で進行します。
それも11歳だったソフィと、父親と同じ年齢になった現在のソフィからの視点です。
なぜそれが分かるかというと、映画の説明にそう書いてあるからです(笑)
というのは半分冗談。半分本気。
私は映画を再生させる前、この映画は子供時代のソフィを見せて、その後に、現在のソフィが父親に想いを馳せて語ったりするのだろうと思っておりました。
ところがどっこい、現在のソフィが語るシーンは一切ありません。
いつ大人になったソフィが語り出すのか、そして、いつ事件や事故が起きるのかと、ビクビクしながら映画を見ていたのに、語りはないわ、事件も事故も起こらないわで、良い意味で肩透かしをくらいました。
映画は、11歳のソフィの日常が、ひたすら積み上げられていきます。
日常といっても、父とリゾート地で過ごした数日を描いているので、夏休みあるある的な感じですね。
11歳の頃って、初老の皆様は思い出せます?
11歳といえば小学5年生です。
私は、もちろん覚えていることもあるっちゃあるのですが、もう前世の記憶かってくらいおぼろです。
だからソフィの休暇を見ていると、ああ、そうだった、子供時代の旅行は、旅行に行く前が一番盛り上がっていたな、などと思い出しました。
楽しみしかなかったのに、旅行に出てしまえば、案外、退屈な時間があったり、また、同行の大人の都合に付き合わされて面白くないと感じたり。それが態度に出て怒られたり。
ソフィの場合は、彼女の抱える事情が複雑なせいか、私が11歳の頃より、ずっと父親に気を遣っているように見えます。離れて暮らす父親ですから、そうなってしまうのかもしれません。
父親のほうも、良い父であろうとしているのが分かります。
ただね、父が娘の休暇に付き合うのは、というか、娘が父と会ったのは、この時が最後になったのじゃないかと思います。
思うに、カラムはソフィの成長を実感し、良い父を演じるのに無理が出てきたことを悟ったのではないでしょうか。
悟ったというか、挫けたというか、心を引き裂かれたというか……。
会話から、カラムは生まれ育った土地を捨て、仕事も続かず、実年齢に精神年齢が追いついていないことが分かります。
地元の青年との会話で、「40歳になるなんて想像できない」「30歳の自分に驚く」と、どこか呆然とした表情で言っていたカラム。
もうね、無理だったんですよ。係長だと言っていたけれど、実は平社員だったというレベルの話じゃないんです。誤魔化すにも限度があります。
ソフィは、父親がダメな大人であることは、もう分かっていたのだと思います。
だから、いいのですよ。そのままで。
「ダッメで~す。ダメ親父で~す」って、言っときゃいいのです。そして、ただソフィの側にいてやればよかったのです。
リゾート地に滞在している間に31歳の誕生日を迎えたカラム。その日、遺跡へのバスツアーに2人は参加していました。
遺跡で参加者が楽しんでいるところで、ソフィはみんなに、父のためにバースデーソングを歌ってくれるよう頼みます。
みんな、陽気な人たちなのですね。ソフィの合図で、カラムに向かって歌ってくれました。
しかしです、この時のカラムの表情が険しすぎてね……。私、思わず、「逃げんなよ」と呟いていました。
その時は逃げなかったカラムですが、逃げたところで同じバスに乗って帰らないといけませんから、逃げようがなかったのかもしれません。
でも結局、彼は逃げたのだと思います。
バスツアーの後、ホテルの部屋で一人、カラムは号泣していました。
床にはソフィへのカードが落ちています。「ソフィ。愛しているよ。忘れないで。パパより」と書かれています。
正直、この泣いているシーンが休暇中のどの時点なのか、ソフィへのカードは、いつか出しそびれたものなのか、今回の休暇中に渡そうとしたものなのか、なにもかもハッキリしません。
ただ、彼がソフィを愛していることと、苦しんでいることだけは分かります。
なぜカラムは、あんなに苦しそうに号泣していたのでしょう。娘に失望されるのが怖くて苦しんでいたのか。ソフィの存在が自分の不甲斐なさを知らせてくるようで苦しいのか。
その答えはないまま、休暇はおだやかに終わりを告げます。
ビデオの中のソフィは、名残惜しそうに、飛行機に乗り込んでいきます。録画はここで終わりです。
ビデオを見終わった31歳のソフィから発せられる言葉はありません。
ですが、31歳になったばかりの彼女の中では、父は誰もいない通路を通り、闇の中へと消えていくのです。
それを見て私は、カラムは愛という感情に追い詰められ、ソフィ11歳の夏以降、消えてしまったのだろうなと思ったわけです。
弱い人間にとって、愛は諸刃の剣なのですね。
この映画の題名である『アフターサン』は『日焼け後』という意味だそうです。
どういう意図で、この題名にしたのでしょう?
その受け取り方は見る人に任せますよ~ってことだとは思いますが、どうしたって物悲しく感じてしまうのは避けられないと思うのでした。
カラムという人
この父親を見ていると、実に痛々しい思いがします。
いってしまえば、このカラムという人は社会不適合者で、世間からドロップアウトしていて、いわゆる負け組というやつです。でも普通に娘を愛しています。
カラムは定職に就いてはいないようですが、頑張ってリゾートホテルの予約を取りました。
デザートは娘のものだけ頼んで、自分は我慢します。
煙草はシケモクを拾ったりもします。
そうまでして良い父親であろうとしていたのですね。
リゾートホテルでの夜、寝物語のように、「生きたい居場所で生きろ」「なりたい人間になれ」とソフィに語りかけていました。
理想を語る父。かっこいいですね。
とはいえ、彼自身、居場所をみつけられず、なりたい人間にもなれていません。
だいたい、カラムになりたいものなんてあったのでしょうか?
ソフィに「自分と同じ11歳の頃、何になりたかったの?」的なことを訊ねられても答えられなかったカラムです。
なりたいものになれなかったのか、11歳の頃になりたいものなんてなかったのかは、分かりません。
また、海で泳いでいるときに、「なんでも話してほしい」「男の子のことも、ドラッグのことも」なんて言っていましたが、ソフィがもう少し大きくなって、いざ「パパ、やばいことになったの!」なんて言い出した日には、裸足で逃げ出すのじゃないかと思います。
そんなふうに思わせる男なのですよ。このカラムという男は。
11歳のソフィにしても、カラムのそういう部分を感じ始めていたと思いますが、やはり父に対する恋慕の情のほうが強いのです。
父親に抱っこされてベッドに運ばれたり、ダンスをしながら、ぎゅっと抱きついたりしているシーンは、見ているこちらの胸もきゅっとなります。
でもカラムは、もう限界だったのです。
この休暇中にも、何度も限界である様子が見て取れ、頼むから……とハラハラするシーンがありました。
ソフィが笑顔で飛行機に乗りこんでいくのを見届けたときは、心底ホッとしましたよ、おばちゃんは。
そして、31歳の誕生日を迎えたソフィが、父の撮ったビデオを見ている、ラストシーン。
正直、ソフィも父と同じ道を辿っていたらどうしよう…と不安だったのですが、ビデオを見終わったあとの彼女は、「バ〇じゃねえの、クソ親父……」って苦笑いしている気がして、ああ、ソフィは日焼け後の対処方法を身に付けたんだな~と、ここでもおばちゃんはホッとしたのでした。
映画情報
製作国/イギリス・アメリカ
監 督/シャーロット・ウェルズ
出 演/ポール・メスカル/フランキー・コリオ
日本での公開は2023年です。
カラムとソフィが過ごしたリゾート地はトルコにありました。
ひなびた場所とはいえ、国外へ行くのに、貧乏って本当でしょうか?
日本の片田舎に住む私の“国外”と、ヨーロッパ人の“国外”への感覚はかなり違うのだろうな~と思わされた映画なのでした。
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