美しい景色を見せてくれるわりには、頭の中がごちゃごちゃになる映画です。
ある年配のカップルが認知症に直面するお話なので、初老のワタクシといたしましては、かなり刺さるわけです。
というわけで、映画『スーパーノヴァ』の感想を語ってみたいと思います。
ちなみに、私はプライムビデオの字幕版でこの映画を見たのですが、題名が『スーパーノヴァ (2020年の映画)』となっておりました。
同名の別映画と区別するためかと思われますが、同じくプライムビデオでこれからご覧になる方は混乱されませぬよう。
「コリン・ファースが好きだから、この映画も見たわ~」という方も、「相手役がスタンリー・トゥッチ? プラダを着た悪魔での彼が好きだったわ~」という方も、よろしかったらお付き合いください。
ただし、ネタバレ・あらすじを含みます。
お嫌な方はここまででお願い致しますm(_._)m
『スーパーノヴァ 』ネタバレ感想
記憶がおぼろになっている方&見ていない方のために簡単なあらすじを。
答えはないが愛はある。愛は答えにならないけどさ
いやはや、認知症を扱った映画って、けっこうあるのですね。
昔々、日本以外でも認知症ってあるのかなぁなんて、アフォ丸出しのことを考えていた私です。
そりゃ、どこの国にもあるに決まっていますよね。そして、どこの国でだって、深刻な問題を引き起こす病気なわけです。
冒頭で私は「頭がごちゃごちゃになる映画」と書きましたけど、なぜかといいますと、認知症になった側の気持ちも、認知症になられた側の気持ちもよく分かるからです。
若い頃なら、この映画を退屈と感じるだけだったかもしれませんが、いまや腐っても初老ですからね~。
映画は、サムとタスカーが、キャンピングカーで旅に出たところから始まります。
運転するサムと、地図を見ながらナビをするタスカーの会話には、軽い倦怠感があって、同じような会話を繰り返してきたんだなぁと察せられ、2人の付き合いが長いことが分かります。
途中、レストランで食事をする2人のお皿を見ると、タスカーの皿はほぼ手つかずのまま残っていて、これもまた、体調が悪いのだろうと分かります。
その後、すぐにタスカーが迷子になってしまい、初老としては、「ああ、そういうことか」と理解できるのです。
当事者であるタスカーが辛いのはもちろん、付き添うサムだって、こっそりトイレに籠もって涙を流します。
こっそりと言ってもキャンピングカーの中ですからね。サムが泣いているのはタスカーにも分かっていたことでしょう。
2人は思い出の美しい湖畔でキャンプし、愛する家族・友人に会い、最後はサムの演奏会でしめる予定です。
サムとしては、演奏会が終わったら、介護生活のために色々と準備するつもりでした。
タスカーとしては、自分のためにサムの人生が無駄になるのは嫌で、自分のために何かを変えてほしくはありませんでした。
そんな状態ですから、2人は時々言い合いになりますが、健康なサムが強引に話を進めるのだろうと思いますよね。
しかし、タスカーは水面下で、自身の計画を進めていたのです。
今回の旅は、サムの演奏会の話が出たことで、タスカーが旅程を組みました。思い出の地を訪れた後、サムの姉夫婦の家に行き、親しい友人たちを集め、サムにサプライズのパーティーをするのです。
タスカーがパーティーを催した趣旨としましては、自分亡き後、みんなにサムを支えてほしいということだったのではないかと思います。
あ、もう「亡き後」なんて書いてしまいましたが、そうなのです。演奏会が終われば、タスカーは自身で命を絶つつもりでした。
ですが、タスカーにとっては残念ながら、計画はサムにばれてしまい、2人はひどい言い合いとなります。
これねえ、タスカーは絶対に、計画を悟られてはいけなかったのですよ。
タスカーの気持ちはよく分かります。でも、サムに「逝かせてくれ」と言って、「はい、どうぞ」なんて答えが返ってくるわけがありません。
しかも不意打ちでしょ? ムリムリムリムリ!ってもんです。
タスカーの本心を知って、サムも自分の本心を語ります。いや、サムはずっと本心を口にしていましたけどね。
最後まで片時も離れず一緒にいたい。サムはずっとそう言っていました。ですが、タスカーが初めて病気と診断されたときは、サムにも迷いがあったのです。
自分に認知症患者の面倒が見られるのか。施設に預けて、毎週会いに行くほうがいいのではないか。タスカーがタスカーでなくなっていくことへの、苛立ちや恐怖もありました。
そんな感情は当たり前のことで、隠し事でもなんでもありません。でもサムは後ろめたさがあったようです。
というか、俺にもそんな後ろめたいことがあったのだから、俺に負担をかけたくないとか水臭いことを言うなって感じだったのでしょうか。
どちらにしろ、サムは一歩も引かず、タスカーに思い止まるよう、時に怒りをぶつけながらも懇願しました。
最終的には同じベッドで就寝する2人ですが、サムは夜が明ける前、1人で庭に出て星を見上げます。
この時、彼は決心したのでしょうね。夜が明けて、タスカーが起きてくると、サムは彼の手を取り、「ずっと一緒だ」と穏やかに告げるのでした。
うん。愛ですね。分かります。
この決断を、もしかすると数年後、いや、数カ月先には後悔するかもしれません。
愛で認知症を乗り越えることはできないと私は思う。
でもね、その日、サムの演奏会があったのですが、演奏会でのサムの表情は、もしかすると、愛が勝つのかもしれないなぁと思わされるのでした。
タスカーの決心は変わったのか?
「ずっと一緒だ」とタスカーに告げた後、演奏会でのサムの表情は実に穏やかでした。
サムの心が決まったのだということは、その表情から分かります。
ですが、タスカーの決心は変わったのでしょうか?
サムに手を取られたとき、タスカーも微笑んでいるように見えました。それはサムの言葉を受け入れたようにも見えたのですが、本当に?
自らの手で人生を終わらせたい。そう言ったときのタスカーの言葉の数々は、私には納得のいくものばかりで、本当に決心を変える気になれたのか、疑問しかありません。
2人の付き合いは何十年という付き合いで、そりゃ良くない思い出もあるでしょうが、それさえ引っくるめて大切な思い出がたくさんあるのだと思います。
しかし認知症というものは、そんな大切な思い出を消し去るほどの威力があります。私がどこかで聞いた言葉に「身内での介護は絶対にうまくいかない」というのがありますけど、本当にその通りだと思います。
サムは「おまえのケツも拭きあげる」と言いましたが、通常のケツばかりと思うなよと言いたい。
毎回毎回失敗されることが日常で、下手すれば排泄物をその辺に塗りたくられて、最悪、口に入れることだってある。抵抗する相手の口をこじ開けて、口中を拭きとらなくてはならないこともある。
もし、そんな日が続けば、かつての知性的だったタスカーのことを思い出せなくなるかもしれない。
あるいは、もしかすると、タスカーはそこまでひどくならないかもしれない。でもサムのことは忘れるかもしれない。サムに向かって怪訝そうな顔で「だれだ?」と訊ねてしまうかもしれない。
タスカーの言葉の中で、私には、すごく印象的だった言葉があります。
サムのお姉さんに向かって、「まだ生きている人間を悼むなんて残酷すぎる」と彼は言ったのです。
認知症の介護者の苦悩を、こんなに的確に表す言葉があるとは。
タスカーは目の前で生きているのに、もうサムの知っているタスカーじゃないとしたら、目の前から消え去られるより辛いですよね。
サムはタスカーに「きみを失いたくない」と言ったけど、認知症というのは、生きたままで、本来のタスカーを奪ってしまうのです。
目の前にタスカーはいるのにね。
地獄じゃないですか?
作家であるタスカーにはそれが易々と想像がついて、サムにそんな辛い思いをさせたくはないし、自分の無残な姿をサムに見せることも耐えがたいのです。
ですから、サムの覚悟が決まったとはいえ、タスカーは本当に計画を諦めることができたのか、私には分からないのです。
映画は演奏会のシーンで終わってしまうので、私の疑問に対する明確な答えはありません。
なんとな~くですけど、私はやっぱり、タスカーの決意は変わっていないような気がします。
映画の題名である「スーパーノヴァ」ですが、これは星の寿命が尽きる瞬間に起こる大爆発のことですよね。
タスカーは天体観測が好きで、キャンピングカーでの旅にも望遠鏡を持参しています。
サムのお姉さんの家では、庭に出した寝椅子に寝ころんで、お姉さんの娘にタスカーが天体の説明をするシーンもありました。
そのとき、タスカーは娘さんに、星は星の人生の最後に大爆発を起こし、飛び散った星のカケラは巡り巡って、私達の体の一部になるのだと説明しました。
このときの娘さんの答えが良かった。「私達は星なの?」と言うのですよ。
いいですねぇ。自分の体が星のカケラなのだと思うと、自分がものすごく良いもののような気がしてきます。
まあ、それは置いといて、タスカーの説明が科学的に根拠のあることなのかどうかは分かりませんが、彼の人生観の比喩だったとしたら、やっぱりタスカーの決心は揺るがないのではないかな~という気がします。
ただ、サムのために、演奏会の後は、帰らないつもりだった2人の家に帰ったかもしれません。
家に帰れば、日々はあまりに日常すぎて、計画の実行が1日、また1日と延びていったかもしれません。
タスカーの病状は確実に進行しつつありましたから、そのうちに彼の計画は忘却の彼方へと去っていったかもしれません。
そして、タスカーは排泄物を壁に塗りたくるような患者にはならず、サムのことは忘れても、彼の愛情は感じることができて、穏やかな笑みをサムに向けたかもしれません。
サムは、穏やかに暮らすタスカーが側にいてくれるだけで幸せで、2人の大切の思い出を壊されることもなく、相変わらずタスカーと暮らしていけたかもしれない。
それはあり得ないこととは思うけれど、そうだったらいいな~と思わせる映画なのでした。
映画情報
製作国/イギリス
監 督/ハリー・マックイーン
出 演/コリン・ファース/スタンリー・トゥッチ
日本での公開は2021年です。
まさかコリン・ファース主演の認知症映画を見る日が来るとは……。
月日とは残酷なものですねぇ……。
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