途中から思考停止してしまう怒濤のバイオレンス映画です。
監督は懐かしのオリバー・ストーン氏。
説教臭いやらなにやら言われていますが、二十数年ぶりに『ナチュラル・ボーン・キラーズ』を見ましたら、やはり面白かったです。
というわけで、映画『ナチュラル・ボーン・キラーズ』の感想を語ってみたいと思います。
ちょっとね~、時代的にこの手の映画は語りづらいですが、頑張ってみたいと思います。
「ストーン監督の映画、新作出るたびに見てたわ~」という方も、「ボニー&クライドってなんですか~?」という方も、よろしかったらお付き合いください。
ただしネタバレ・あらすじを含みます。
お嫌な方はここまででお願い致しますm(_._)m
『ナチュラル・ボーン・キラーズ』ネタバレ感想
記憶がおぼろになっている方&見ていない方のために簡単なあらすじを。
まさかのハッピーエンド?な“ボニー&クライド”的映画
“ボニー&クライド”を知っている方なら、だいたい、どんな映画なのか想像がつくかと思われます。
知らない方へ簡単に説明しますと、ボニーとクライドは1930年代のアメリカに実在したカップルで、強盗と殺人を繰り返し、最終的には警察に射殺されて世を去りました。
ミッキーとマロリーも、最初こそ恨みのある人物を手に掛けたのですが、その後はまるでスポーツでも楽しむかのように、無差別に人々を襲っていきます。
しかも、2人は自分たちがやったことを世間に知らしめるため、いつも1人は生かしておいて証言させるのです。
ちゃんと「ミッキーとマロリーがやった」と言えと、証人に言い聞かせるのですよ。もうね、完全に頭がいっちゃってます。
でもミッキーは格好良いですし、マロリーは可愛い。そんな2人がなんの躊躇いもなく、楽しそうに人々をあやめていく姿は、いっそ清々しくさえ感じます。
そして清々しいと感じたことに、見ているこちらは困惑します。だって2人のしていることはひどいことです。最悪なことなのです。
しかし、マロリーが育ってきた環境も同じくらい最悪で、彼女は両親から虐待を受けて育ちました。彼女の弟は、実際は、マロリーとマロリーの父親の間に生まれた子供でした。
ミッキーの家庭環境も、多くは語られませんでしたが、やはり問題の多い家庭だったことが示唆されます。
だとすると、ですよ。悪魔のような所業を続けてきた2人が、実は悪魔にならざるを得ない生い立ちだったとしたら、同情心も湧いてきます。
罪は罪として、2人のしてきたことは償うべきだと思うけど、デモデモダッテ…という感情が出てくるのです。
私は女であり、かつて子供だったわけで、マロリーの感じた恐怖や悔しさ、小さな男の子だったミッキーの受けた衝撃が痛いほど分かります。
でも彼らに命を奪われた人達にはなんの罪もないわけで…と、本当なら、こんな葛藤を抱えて、映画を見続けるはめになるところだったのですが。
この映画の作り方が独特すぎて、そんな考えが途中で停止してしまうのですよ。
なんだろな~、昔々サブリミナル効果なんてものが流行りましたが、ちょっと似た感じがあります。
関係のない映像ががんがん入ってきて、例えばカバやうさぎのような動物だったり、キングギドラ似の怪物だったりアニメーションだったり。
それだけでなく、マロリーの生い立ちを見せるのに、突如としてバラエティ番組的に字幕が入ったり、笑いが入ったりするのです。
また、マロリーがミッキーに腹を立てて街へ飛び出すシーンでは、建物の壁に炎が映写されたりします。
「これってマロリーの心の中を表してる?」などと思っているうちに、またも「え? え? 今のなに?」的な映像が流れていきます。
で、「ああ。もういいや」と考えることを止め、怒濤のごとく流れていく映像に身をゆだねるのです。
しかし、ミッキーとマロリーが逮捕されることで、思考停止状態もいったん終わりとなります。
2人の逮捕で、まるで前半・後半とでもいうように、がらりと映画の雰囲気が変わるのですよ。
後半のメイン・イベントは、ミッキーが刑務所内で受けるインタビューです。
インタビュアーは、自己顕示欲の旺盛すぎるキャスターで、ミッキーとマロリーを追い続けていたゲールという男です。
しかも、インタビューは生放送で行われます。
ゲールは視聴率のため、自分の名声のため、ミッキーを利用するつもりです。
ですが、ミッキーのほうも、ゲールを利用するつもりなのが分かります。
そしてインタビューが始まり、ゲールは視聴者が食いつく答えを得ようと誘導的な質問をしていきます。
ここのやり取りはテレビのゲスさを楽しむのもいいですし、ミッキーの答えのうち、どの答えが本心で、どの答えが嘘なのかを考えるのも良きです。
ですが、このインタビューは突然中断されます。
ミッキーのインタビューは刑務所内でも放送されていたのですが、ミッキーの言葉に耳を傾けていた受刑者たちが暴れ出したのです。つまり暴動です。
彼らがミッキーの言葉で興奮してしまったのは分かるけど、なぜそうなったのかは、凡人の私には分かりかねます。
とにかく、暴動がミッキーの狙いだったのかも分かりませんが、混乱に乗じて、ミッキーとマロリーは脱獄に成功してしまいます。
そう、ボニーとクライドは悲劇的な最後を迎えましたが、ミッキーとマロリーは生きて捕まり、さらには脱獄までやってのけたのでした。
マロリー、ママに似る?
さて、脱獄後のミッキーとマロリーはどうなったのでしょうか。
脱獄時に子供がほしいと言っていたマロリーですが、数年後、その願いを叶えた模様です。
その後の2人の様子を少しだけ見ることができたのですが、それはそれは幸せそうな家族の姿でした。
トラックをキャンピングカー仕様にして、運転しているミッキーの背後で、2人の可愛い子供と、お腹の大きなマロリーが楽しげに笑いあっていました。
このときのマロリーは相変わらず可愛いく、キュートなママって感じではありましたが、なんだか既視感があるなぁと思ったら、彼女の母親と似たファッションだったのですよ。
マロリーの母は、夫の機嫌を取るのに、夫へ娘のマロリーを差し出していた鬼のような母親です。
マロリーは父だけでなく、この母も手に掛けていて、幸せそうなマロリーの姿に母の影が重なるのは複雑な気分になります。
マロリーの見た目が彼女の母親みたいになっていることに、なんの意味があるのでしょうね。
そもそも、意味があるのかな?
まあ、子供たちは幸せそうですし、マロリーとミッキーも相変わらずラブラブっぽいので良いのかな?
ただ、幸せそうな家族ですが、両親はサ〇人鬼なのですよね。
ミッキーは脱獄後に〇ツ人はもうしないと言っていましたが、手に掛けた人たちのために反省でもしているのかといえば、答えは絶対に「ノー」だと思う。
だから、サ〇人鬼たちが幸せになることに、なんだかモヤモヤするかもしれません。
でも、好きなのですよね。私は、この〇ツ人鬼たちが。
彼らが逃亡を始めたとき、絶対にうまくいくわけがないと思いました。
ミッキーはたまに、とことんゲスな顔を見せますし、マロリーは若すぎる。旅の途中で2人がお互いを罵り始めたときは、「ああ、やっぱり」としか思いませんでした。
だけど、この2人は別れることなく、続いちゃったのですよ。とんでもない修羅場を2人でくぐったからでしょうかね?
監督としては、この映画にたくさんのメッセージを込めていて、言いたいことがあるのはなんとなく分かります。
でも、私がこの映画を好きなのは、猛毒を持った蛇同士が、自分の毒に耐えられるのはコイツだけって感じで、清々しく絡み合っているような姿が好きだからだろうな~と思うのです。
現実には、絶対そばに来てほしくない2人ですけどね。
映画情報
製作国/アメリカ
監 督/オリバー・ストーン
出 演/ウディ・ハレルソン/ジュリエット・ルイス/ロバート・ダウニー・Jr
日本での公開は1995年です。
刑務所の所長役に、宇宙人でお馴染みのトミー・リー・ジョーンズ氏。
この人はもともとコメディの才能があったんだな~と改めて実感です。
・
・
・
・
↓ミッキー役のウディ・ハレルソンが出演の笑えるゾンビ映画
……私、こちらでも清々しいを連呼しております。語彙力のなさよ……
コメント