懐かしの映画シリーズが続いております。
初老諸姉の皆様は、その昔、『髪結いの亭主』をご覧になりましたか?
不思議な映画でしたよね。
柔らかな色調の映像が美しく、そのくせ、出てくる人たちは一癖ありそうな人ばかり。
すっかり忘れていたこの映画を見返して思ったのは、この映画の監督は、当時中二病で、美しい中二病の世界を描いたのかなということです。
ルコント監督ファンの方、すみません。
けして悪口ではないのです。
一つの世界を、こんなにもまとめ上げて描けるなんて、素晴らしいなと思います。
というわけで、その素晴らしき世界を紹介させてください。
かつて中二病だった諸姉も、そうでもない諸姉も、この美しい世界観を、ぜひ一緒にお楽しみください。
※ネタバレを含みます。お嫌な方はここまででお願いします。
『髪結いの亭主』あらすじ
アントワーヌ12歳の頃。
彼は床屋好きだった。
というより、ある床屋の経営者が好きだった。
床屋の経営者のシェフェール夫人は、愛人はいたが独身で、一人でお店を切り盛りしていた。
アントワーヌはシェフェール夫人に憧れるあまり、父の「将来何になりたいか」という質問に、「女の床屋さんと結婚する」と答える。
驚きのあまり、父は反射的に平手打ちをしてしまう。
月日は流れ、アントワーヌは中年となり、美しい理容師のマチルドと出会う。
一目でマチルドを見初めたアントワーヌは、会ったその日にプロポーズ。
二度目の来店で、マチルドから妻になると言われる。
夫婦となった二人は、二人だけの世界で、幸せな時を過ごした。
子供もいらない、友人もいらない。
お互いに、相手がいればそれでよかった。
ただ、マチルドの考えは、アントワーヌと少しだけ違っていた。
マチルドが最後にとった行動とは……
『髪結いの亭主』感想
アントワーヌという男性は、12歳の頃には人生観というのかな? そんなものが出来上がっていました。
人生の指針となる考え方も、この頃に父親から教わったものですし、結婚相手を決めたのも、同じ頃。相手は髪結いの女の人。
死に対するイメージも、この頃にできて、大人になってからも変わっていません。
アントワーヌは子供時代を懐かしく思い出し、映画は、そんな子供時代から、一気にマチルドとの出会いにまで飛びます。
その間、アントワーヌがどんな仕事をし、どんな友達や恋人がいて、どんな生活をしていたのか、何も語られません。
彼にとっては、子供時代を除けば、マチルドとの出会いからが『人生』というものなのでしょう。
さて、一方のマチルドですが、彼女も変わっています。
アントワーヌが初めてマチルドのお店に来た日、二人は理容師と客以上の会話を交わしてはいません。
その会話も、必要最低限という感じ。
なのにアントワーヌから「結婚してください」とプロポーズされます。
その時は無視するマチルドですが、二回目にアントワーヌがやってきたとき、マチルドはプロポーズに心を動かされたと言い、妻になると答えます。
そして二人は結婚。
結婚式はマチルドの理髪店で行われました。
お祝いに来てくれたのは、アントワーヌの兄夫婦と、マチルドに理髪店を譲ってくれた元オーナーだけ。
この元オーナー、イジドールという老人です。
マチルドに親はなく、結婚式に来てくれる友人もいません。
マチルドは人付き合いが苦手なのか、嫌いなのか、とにかく、他人との関わりが、あまり好きではないことは確かです。
そんなマチドルが、唯一、少しでも親しくしていられるのがイジドールです。
ここで、思い切りネタバレを書きます。
結末は知りたくないという方、ここまででお願いします。
穏やかで幸せな日々の中、マチルドは突然、身投げしてしまいます。
なぜなら幸せだから。
アントワーヌと愛し愛されて、この幸せを失う日が来るのが怖いから。
だから、幸せのさなかに、幸せな気持ちとともに死んでいくのだそうです。
アントワーヌだけでなく、理髪店の常連や近所の人たちにとっても、あまりに突然で、唐突な出来事と感じられたでしょう。
でも、マチルドは、そんな行動に出る前に、老人ホームへ入ったイジドールのところへ慰問に行っています。
ゲイで家族のいないイジドールと、人付き合いのないマチルドは、何か通じるものがありました。
イジドールの孤独を感じとったマチルドにとって、自ら死を選ぶことは、筋の通った行動だったのかもしれません。
一人残されたアントワーヌは、まるで何事もなかったかのように、マチルドの店で、いつものようにクロスワードパズルをしています。
常連客がこわごわ店の中を覗いて、何か囁きあい、通り過ぎていきます。
一見(いちげん)の客が入ってくると、アントワーヌはシャンプーをしてやり、家内が戻ってきますと告げる。
映画はここで終わります。
どうでしょう?
なにそれ……と思われました?
マチルドの気持ち、なんだか分かると思われました?
マチルドの考え方って、中学生くらいの頃に、一回くらい考えたことがありませんか?
恥ずかしながら、私はあります。
恋愛にしろ仕事にしろ、成功して幸せの絶頂で、ぽっくり逝けたら最高だよね~なんことを、同級生と話し合った記憶があります。
この映画を教えてくれたのも、そんな、かつての同級生でした。
たぶんもう、マチルド的思考はなくなっていたと思いますが、こんなことを考えてたね~という気持ちもあって、教えてくれたのかもしれません。
なんだか、こんなふうに書くと、深刻な内容と思われたかもしれませんが、不思議な明るさのある映画です。
私はこの映画を見ている最中、何度も吹き出してしまいました。
マチルドが亡くなった後のシーンでさえも、です。
でも、人生って、そんなものじゃないでしょうか?
泣きまくったお葬式の後でさえ、笑えることがあります。
不思議ですよね。
よかったら、変わった二人の、美しき中二病の世界を覗いてみてください。
映画情報
製作国/フランス
監 督/パトリス・ルコント
日本での初公開年は1991年です。
ウィキペディアによりますと、パトリス・ルコント監督の映画で、日本で最初に紹介されたのが、この『髪結いの亭主』だそうです。
独特の世界観があるから、それまで敬遠されていたのでしょうか?
もしかすると、好き嫌いが分かれやすい監督なのかもしれませんね。
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