ある女性の凄まじい人生を、さらりと見せてくれる映画です。
その見せ方が、また、お洒落なのですよ。
というわけで、映画『パリタクシー』の感想を語ってみたいと思います。
「ここらへんで人生を振り返るべき~?」という方も、「人生とタクシーって関係ある~?」という方も、よろしかったらお付き合いください。
ただしネタバレ・あらすじを含みます。
お嫌な方はここまででお願い致しますm(_._)m
『パリタクシー』ネタバレ感想
袖振り合うも多生の縁…の上位互換という映画
最初に「ある女性の凄まじい人生を~」と書きましたが、この映画を見始めたとき、題名にタクシーが付きますし、主人公はタクシードライバーであるシャルルだろうと思ったのです。
しょっぱなからネタバレ全開でいきますけど、私の予想は、彼の乗客となった女性・マドレーヌによって、主人公シャルルの人生が良い方向に変わっていくというものでした。
不幸だった主人公が、まったくの偶然による、気まぐれのような出会いによって幸福を手に入れる。
うんうん、映画らしい素敵なストーリーよね、と思ったわけです。
が、どうもね、映画が進むにつれ、マドレーヌの存在感が大きくなっていくわけです。
「え? このおばあちゃんに、そんな壮絶な過去が!?」ってなもんです。
92歳のマドレーヌは一人暮らしのようですが、怪我をして、医師から老人ホームをすすめられたのですね。
うん、私も、92歳の方が一人暮らしをしていたら、同じことをすすめます。
で、老人ホームへ入所するために、マドレーヌはタクシーを呼び、そのタクシーの運転手がシャルルだったのです。
シャルルは何かに急かされているようで、車に乗り込んできたマドレーヌにも、最初はずいぶんと塩対応でした。
そんなシャルルにおかまいなく、マドレーヌは当初の目的地ではない、別の場所を次々と指定していきます。
それは彼女の“思い出の地めぐり”でした。
マドレーヌが最初から、思い出の地に行こうとしていたのかは分かりません。
私的には思いつきのように感じられます。
それはどっちでもいいのですけど、思い出の地をめぐりたくなる気持ちは分かります。
私も、もっと若い頃に、プチめぐり旅をやったことがあります。
若かったけれど、「もう人生終わった~」くらいの気持ちのときでした。
マドレーヌも同じ気持ちだったのでしょう。タクシーに乗り込む前、自分の家を見上げていた彼女の頭の中では、走馬灯が回っていたのですよ。きっと。
タクシーに乗ると、92歳のマドレーヌは初恋の話を始めます。
あら、さすがフランス、90歳を越えてなお恋バナとは、な~んて最初は思いました。
ですが、彼女が最初に立ち寄ったのは、たぶん、彼女のお父さんが亡くなった場所です。
ナチスによって処刑された彼女の父親を称える?偲ぶ?ためのプレートが掲げられた場所でした。
戦前の生まれとは言っていましたが、そんな悲しい歴史があったなんてと、一気に彼女の人生が重みをもって迫ってきます。
しかもね、そのプレートのある場所にはホームレスが転がっていて、殺伐とした空気がただよっていたのです。
彼女にとって世界が引っくり返るような出来事だったはずなのに、世間的には完全に忘れ去られている。
これ、高齢のマドレーヌには身を切られるような感覚ではないでしょうか。
いまや自分も忘れ去られた側であること、老人という一固まりの中の一個としか認識されていないことを、思い知らさられている気がします。
ですがマドレーヌには、いまだ、うっとりしてしまう思い出だってあるのです。
父親が亡くなったあと、パリは解放され、アメリカ軍がやってきて、マドレーヌは運命の相手と出会います。
アメリカ兵のマットです。初めてキスをした相手で、キスの味はハチミツとオレンジ。なんとロマンチック。
しかし、マットは3カ月でアメリカに帰還し、その後、彼とは二度と会うこともありませんでした。
これはね~、マドレーヌに敬意を表してマットを悪く言うことはしませんが、マドレーヌはまだ16歳でした。
時代や状況のせいもあったとは思いますが、彼女を妊娠させて、はい、さようならって、ちょっと待てと思います。
でもマドレーヌは恨むどころか、マットのことは素敵な思い出ですし、子供は彼からの贈り物だと思っているのです。
それなら何も言いますまい。
その後、彼女は子供を産み、母親の仕事を手伝いながら暮らしていましたが、新たな恋を見つけて再婚しました。
しかし、その再婚相手はDV ・モラハラのクソ男だったのですね。
正直、マドレーヌは男を見る目がないかも……。
かといって、時代的にそんなことくらいでは離婚できません。耐える日々を送っていたのですが、ある日、クソ男は彼女の息子・マチューにまで手を上げました。
大切な息子に手を出されては、もう我慢できません。
しかし、「いざ離婚!」というなら分かりますが、なぜか彼女はクソ男の股間をバーナーで「焼き尽くす!」という手段に出たのです。
気持ちは分かる。よく分かる。しかし、もっと別の方法はなかったものか。
女性側からの離婚が難しかった時代なら、マドレーヌのやったことは、世間からの風当たりがより強くなるような気がします。
事実、彼女の裁判を見るのはつらかった。
彼女を裁く側の人間はすべて男なのですよ。結果、クソ男のやったことは不問にされ、彼女は男たちから憎しみの目を向けられるのでした。
マドレーヌに下された判決は禁錮25年。
後年、彼女の刑は軽減されましたが、この判決が下されたときの絶望感は消えません。マドレーヌの中でも、私の中でも。
さらに出所後、愛するマチューに責められたうえ、マチューに先立たれるという不幸にも見舞われました。
マドレーヌの話が進むにつれ、シャルルは彼女の話に、真剣に耳を傾けるようになりました。
そりゃそうです。辛い日常も忘れてしまうほどの話ですよ。
ついでに、信号無視で違反を取られそうになったときに、マドレーヌの素晴らしい演技に助けてもらったこともあって、シャルルはすっかりマドレーヌに好意を寄せてしまいます。
シャルルは画面に現れてからずっと、イライラというか、心ここにあらずというふうで、それは金策に行き詰まっていたからなのですね。
彼の経済状況は、シャルルの妻の実家を売るとか、パリから離れるとか、仲の良くない兄に金の無心をするしかないとか、そこまで行き詰まっていたのです。
そんなシャルルが、仕事を退けてまで、マドレーヌを夕食に誘い、ご馳走します。食後は彼女をエスコートして散歩です。
このとき、2人の間に生まれていた暖かい空気を、私は説明する言葉を持ち合わせません。
友達でもなく、恋人でもなく、家族でもない人を大切に思う。この気持ちをなんと言えばいいのでしょう。
分からないから、私はこんなとき、「袖振り合うも~」って使っているような気がします。
私がそう呟く関係は、主に職場で経験しました。仕事仲間って、ちょっと独特じゃないですか?
毎日、何年も、同じ場所で同じ気持ちを共有しあったり、くだらないことで笑い合ったりして、でも、どちらかが職場を去ると、それで付き合いは終わってしまう。
寂しさも、名残惜しさも一入(ひとしお)なのですが、それぞれの生活に余分な時間はなくて連絡を取ることもない。たまに頭の隅に、その人の顔がよぎることはあるけれど……という感じ。
シャルルは最初の約束通り、しかし約束の時間を大幅に遅れて、老人ホームにマドレーヌを送り届けます。
別れ際、シャルルもマドレーヌも名残惜しそうに見つめ合うのですが、かける言葉もありません。
施設の職員に待ってほしいと言いたくても、親族でもなければ知り合いでさえないのだから、引き止める権利もないのです。
シャルルはタクシー代も貰わず、また来るからと言って、マドレーヌと別れました。
しかし、これが2人の永遠のお別れとなるのです。
もうね、きっとどんでん返しがあるはずと思っても、胸が締めつけられるようでした。
映画を見始めたとき、マドレーヌからシャルルに恩恵があるはずと思いましたが、ここまでくると、恩恵というより、どうかシャルルの気持ちに救いがありますようにと願っていました。
結果は願った通りになりました。
袖振り合うどころではないものを、マドレーヌはシャルルに残してくれたのです。
101万ユーロとはおいくら万円?
さて、マドレーヌがシャルルに残したもの、それは101万ユーロという大金でした。
「はて?」と思い、それが日本円だといくらになるのか調べてみました。
なんと、101万ユーロとは、日本円にして1億6千万円以上です。
それは泣く。私も泣く。
シャルルも、シャルルの妻も泣いていました。
これでシャルルの妻は、大切な実家を売らないですみます。娘は転校しないですみます。
マドレーヌの手紙には、このお金で妻と娘をつれ、旅に出なさいとありました。
いやいや、まずは生活を立て直すのが先決! と思った私は貧乏性です。
もちろん、譲られたお金の使い道なんて、譲られたシャルルの勝手というものですが、彼はどうするのでしょうね?
私が想像したのは、マドレーヌの言う通り、3人で旅に出る姿でした。
マドレーヌの言うことは、たぶん正しいのです。
苦しいことが圧倒的に多いのが人生だけど、大切なものを守り抜いて懸命に生きていけば、人生は美しい旅路になる。そして人生はあっという間。
マドレーヌはそう伝えているような気がしますし、シャルルもそう感じて、大切な家族と“美しい旅路”を作っていくのではないでしょうか。
マドレーヌとの出会いが、間違いなくシャルルの人生を大きく変えました。前世で2人にどんな縁があったのか分からないけれど、素晴らしい結果になって本当によかった。そう思える映画なのでした。
映画情報
製作国/フランス
監 督/クリスチャン・カリオン
出 演/リーヌ・ルノー/ダニー・ブーン
日本での公開は2023年です。
『パリタクシー』は邦題で、原題は違います。
原題はフランス語で、『Une belle course』といいます。
訳し方が難しいそうなのですが、映画の中でセリフの訳にもあった『美しき旅路』ってところじゃないかと思います。
なるほど、その原題だと、「主人公はシャルル!」とは思わなかっただろうな~。
しかし、原題の直訳だと、えらく文学的な感じがします。
どちらがいいかは、見る人の好みなのでしょうね~。
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